第11話 バス停(4)

 私は小首を傾げて満面の笑みを浮かべる彼を見た。


「まずですね。自己紹介をしませんか」

 男はおだやかに私を見つめた。ライトの光を孕み、彼の頬は月光石のように潤んでいる。


「僕は、日置総一郎ひおきそういちろう。日にちの「日」に、モノを置く、の「置」で、日置。総一郎は、総大将の「総」に、一郎は普通に「一郎」貴女は?」


「……菅原琴葉すがわらことは。菅原道真の「菅原」に、楽器の「琴」。それに植物の「葉」で琴葉」

 答えてから、日置と名乗った男性を見た。


「どうして幽霊になったわけ?」


「交通事故です」

 日置は小さく肩を竦めた。


「二日前かな。出先で契約まとめて次のご贔屓先に行こうと思って駅に向かったんです」

 そこで彼は、口をへの字に曲げる。


「雨が降って来て、傘を持ってないものですから、慌てて横断歩道を渡って駅に行こうとしたんです。ご贔屓先に伺うのに、濡れていくのもなぁ、と。そこで左折してきた二トントラックに巻き込まれて……」

 ああ、と思わず言葉が漏れた。日置は驚いたように少し目を見開いたが、くすりと笑う。


「一瞬、運転手と目が合いました。お互い「あ」って顔をして……。で。次の瞬間真っ暗になって……」

 日置は器用そうな指で顎を掻く。


「気付けば、この駅前にいました。朝でした」


「どうしてこの駅に?」

 思わず尋ねた。


 普通、こう言う時は、死んだ場所とかに現れるのではないだろうか。そう考え、苦笑する。どうやら私は本気で彼を幽霊だと思い始めたようだ。まぁ、幻視よりはいい、と肩を竦める。


「ご贔屓先の最寄り駅がここなんです」

 真面目な顔でそう言うものだから、不謹慎だと思ったものの笑ってしまった。


「死んでも仕事熱心なのね」

「僕もそう思いました」


 あはは、と日置は屈託無く笑う。顎に手をやるのが彼の癖なのだろうか。つるりとなでながら、困ったように口をへの字に曲げて見せた。


「最初、何がなんだかわからなくて……。トラックとぶつかったはずなのに、と思ってたら、今度はどうやら誰にも自分は見えていないようで……。それどころか、ほら。あの、駅前のコンビニ」


「ああ」

 さっき無糖紅茶を買ったコンビニだ。ここに引っ越して来てから、仕事帰りによることが習慣になってしまった。


「あのコンビニの窓面に自分の姿が映ってないことに愕然として……。あ、僕死んだんだと思ったんです。幽霊になっちゃった、って」


 そう言うと、曲げていた膝を伸ばし、背もたれに上半身をもたれさせた。

 不思議だ、と思う。彼の体は、私の体は通り抜けるのに、こういう『モノ』には触れることができるらしい。


「あの世がどこか良くわからなくて、午前中はウロウロしてたんです。どこかに行けば、あの世の入り口が見えるのかな、と思って」

 日置は私の顔を見る。真面目な顔でそう言われ、つい尋ねてみた。


「あの世の入り口、なんてものがあるの?」

「わかりません」

 きっぱりとそう言われた。

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