第10話 バス停(3)

 まるで初めて盗人でも見たかのような目で見られ、思わず怯む。そんなに酷いことを言ったろうか。


「そしたら……。そうだな」

 それでも彼は「もう、貴女とは話しません。さようなら」とは言わなかった。鼻の上に縦皺を寄せるようにして呻ると、視線を道路にやったり夜空に向けたりしている。


「あ」

 再び声をあげるから、「え?」とまた尋ねる。


「僕、貴女の好みのタイプですか?」

 上半身を捻るようにして私に顔を向け、男は尋ねた。


「……は?」

 思わず訝る声が出る。随分と不機嫌で、随分と尖った声が私の口から飛び出たが、男は怯まなかった。


「貴女の想像の産物であるならば、例えば容姿とか仕草とか……。そんなところに貴女の好みが入ると思うんですよ。でも多分」

 男はそう言って、少し困ったように笑った。


「違うでしょう。さっきの……。その、僕が『お付き合いしてください』って言った時の様子ではそんな感じでした」


「……まぁ、そうね」

 私は遠慮なく答えることにする。


 はっきり言えば、タイプではない。そもそも、年下に興味はないし、顔立ちが綺麗な男には警戒心の方が先に立つ。


「もし、僕が貴女の幻視であるならば、理想の男性が現れるはずではないですか?」

 男がそう言うものだから、私は呻る。


「いや、関係ないわよ。幻視ってそんなんじゃなくって……。そうね。私、つい最近、レビー小体の利用者さんが幻視を語ってるのを見たけど……。あの人は、亡くなった夫が見えてたようだし……」


「じゃあ、決定的じゃないですか」

 男はにこりと笑う。


「僕は貴女の身内じゃない。理想の男でもない。よって、幻視ではない」


「そんなことないわよ」

 私は即座に答える。


「ものすごい化け物を見て怯える人もいる、っていうし」


「僕、怖いですか?」

 両手を広げて見せるから、口ごもった。


「……全然」


「じゃあ……」

「いや、待って。そう言うなら、幽霊だって怖いものでしょう。君、全然怖くないわよ」

 断言すると、男は少し落ち込んだように目を伏せた。


「怖がらせると嫌われると思って……」

 ぼそりとそう言われ、なんだか後悔した。

 え、なに。私、この子を困らせてるの。


「ねぇ」

 俯き加減に自分の足元を見つめている男に声をかけた。「はい」。男は小さく答える。その様子に、溜息をついた。これでは完全に私がいじめているようではないか。


「じゃあ、君が幽霊だと仮定しましょう」

 そう声をかけた途端、機械仕掛けのように彼は顔を起こした。


「ええ。そうなんです。僕は幽霊なんです。ようやく信じてくれて何よりです」

 男はぶんぶんと首を縦に振ると、穏やかな笑みを顔中に広がらせて私を見る。


「これで、ようやく僕も成仏できるかもしれません」

「……ん? どういうこと」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る