第6話 駅前(6)

「あ、あの……、危ないですよ」

 男は困惑したように私に言うが、危ないのはお前だ、と言ってやりたい。言ってやりたいが、言葉は喉の奥で氷の塊のように閊えて出てこない。


「あの、ちょっと!」

 男が切羽詰ったように私に手を伸ばす。

「ひっ」

 私は悲鳴を洩らし、体を捩った。その私の肩を男の手が掴もうとしたが、触れずに透き通るのが見える。

 同時に感じたのは、どうしようもない冷気だ。私が身を竦ませるのと、男が「危ない!」と叫ぶのは一緒だった。


 そして。

 けたたましいクラクションに私は悲鳴を上げる。


「よ、良かった……」

 吐息交じりの男の声を、私は茫然と立ち尽くして聞いた。


 気付けば。

 男から逃げようと私は二車線道路まで後ずさっていたらしい。通過する自動車にぶつかりそうになり、クラクションで警告されたようだった。

 そう、理解すると同時に、額といわず、背中からも汗が吹き出た。


 危うく轢かれかかったのだ。思わず膝裏が震えた。


「失礼」

 低くそう言われ、再び上げかかった悲鳴を飲み込む。顔を上げると、見知らぬサラリーマンらしい男性が不審げに私を一瞥し、二車線道路を足早に渡った。


 恐る恐る振り返ると、駅からどんどん人の波が押し寄せてくる。電車が到着したのだろう。皆、道路を渡って駐輪場や駐車場の方に向かっている。


 往来の邪魔に、私はなっているようだ。

 人の流れに混じり、私は道路を渡った。まだ、足ががくがくと覚束ない。


「大丈夫ですか」

 隣から声を掛けられ、思わずまた小さく悲鳴を上げた。顔を向けると、あの男がいる。


「あの。こんなことを言うのはなんですが、皆には僕が見えないので、あの」

 男は気の毒そうに私を見下ろす。


「皆が貴女を変な風に見ています」

 男の言葉に弾かれるように私は周囲を見た。


 目が合ったスーツ姿の女性は慌てて目をそらし、その隣の大学生らしき男の子は逆にニヤニヤと私を見ていた。大半はスマホを見ているが、それでも時折顔を上げて、『自分に害がないかどうか』確認するような視線を私に向ける。


「あの、その……。大丈夫ですか」

 男の言葉にかちん、と来た。誰のせいでこんな目に遭っていると思うのだ。怒鳴りつけてやろうと思ったのだけど、自分の変人ぶりをまた衆目に晒すだけになるのだと思って、必死に奥歯を噛み締める。


 だが。

 道路を渡りきったところで、がくり、と膝が折れた。

 転倒はなんとか防いだものの、足を止め、大きく息を吐く。

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