第5話 駅前(5)

 コンビニに向けて再び歩き出そうとした私の前に、男性が回りこんできた。


「聞いてください。話を聞いて」

「いえ、結構」


 男性が私に向かって両手を突き出し、押し留めるような格好をしていたが、迷わず真っ直ぐ進む。

 退くだろう、そう思ったのだ。避けて通るのも癪に障るし、避けたらまた道をふさがれるだろう。だったら、まっすぐ押し通ってやる。


 そう思い、どんどん歩を進めた。男性は動かない。

 私はわずかばかり前かがみになり、ぶつかってやろうと心に決める。


 そして。

 通り過ぎた。


「………え?」

 男性を、通り過ぎた途端に声が漏れた。

 同時に、ものすごい冷気が私の中を通り過ぎる。

 足が止まり、振り返った。


「ああ……」

 男性は私を振り返り、困ったように眉をハの字に下げる。

 知っている。

 冴村さえむらさんから聞いたことがある。眉と言うのは人間の表情の中でかなり訓練しないと動かせない。だから、人間は嘘をついているかどうか見るとき、『目』ではなく、実は『眉』を見ているのだ、と。


 私を見る、彼は。

 情けなさそうな顔で、私に詫びた。


「驚かせてしまいましたよね。ごめんなさい。僕、生きてないみたいで……」

「………は?」

 頭は大丈夫か、と問えなかった。


 だって、私自身の頭を疑ったからだ。

 今、私は確かに『彼を通り過ぎ』たのだ。


 ぶつからなかった。彼に触れられなかった。


「朝からずっと声をかけてるんだけど、誰も僕に気付いてくれなくって……。あの」

 男性は、そう言ってはにかむように笑って私を見た。


「貴女だけなんです、僕の声が聞こえて、姿が見えて、声をかけてくれたのは」

 途端に、また鳥肌が立った。


 寒気が増す。

 頭が混乱してきた。

 血が上ったみたいに思考はまとまらないのに、体の芯だけがどんどん冷えていく。


 知らずにまた、バックを掻き抱き、私はじりじりと男を見たまま、後ずさった。頭の中ではまた別種の警告ランプがひっきりなしに明滅し、警告音がけたたましく鳴っている。


 これは、駄目だ。

 これは、違う。

 これは、『困って』いても、助けられないモノだ。

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