第3話 駅前(3)

 途端に。

 私の頭に危険信号が明滅した。


 どういう意味だ。

 この男、今なんと言った?

 妄想系のある精神疾患なのだろうか。だから皆、無視を決め込んでいたのだろうか。


「見えますが、どうされましたか?」

 私は笑顔を貼り付けたまま、素早く周囲に視線を走らせた。特に、彼の身内や同行ヘルパーがいるようには見えない。


 いうなれば。

 ぽつん、と。

 彼だけがそこにいた。


「よかった」

 男性は、そう言うと泣き出しそうに顔をゆがめた。いや、『泣き出しそう』なのは、この瞬間だけで、瞬きした後、私が彼を見た時、彼はすでに『泣き出して』いた。


「ちょっと……」

 慌てて彼に声をかける。


 ふと、冴村さんならここで、彼の肩に手を触れるだろうな、と思った。『なになに、どうした。大丈夫?』。そんな冴村さんの声が鼓膜を撫で、躊躇する。どうしよう。そうした方がいいのだろうか。


「お願いがあるんです」

 男性は丸めた拳でぼたぼた流れる涙を拭いとり、ぐいと顔を上げた。


 そうやって、背を伸ばされると、私よりも背が高いことに気付いた。

 今まで彼が背を丸めていたからたいして身長差が無いと思っていたが、そうではないらしい。


 充血した目を私に向け、男性は真剣な面持ちだ。


 まだ、若いと思った。

 多分、私より年下だ。


 二十代半ばといったところだろう。若干尖り気味な顎から涙の雫が落ち、すっと伸びた鼻筋がぐすん、とひとつ鼻を鳴らした。長い睫に涙の破片が残っていて、彼はもう一度それを丸めた拳で拭った。


「なにかしら」

 年下だ、と思って多少心に余裕が戻る。あの笑顔のまま私が尋ねると、彼は薄い口唇を少し震わせ、私に言った。


「僕と、付き合って欲しいんでふ」


 緊張しているのか、男性は語尾を噛んだ。噛んだ自覚があったらしく、途端に本人は真っ赤になる。

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