第2話 駅前(2)

 この男性が『困難』を抱えているとしたら、それはなんだろう。


 見た目は『普通』に見えるが、なんらかの障がいを抱えている可能性がある。補聴器は見えないが、聴覚障がいがあるのかも。


 そんなことを考えながら。

 私は彼の側で立ち止まる。


 そして。

 思わず首を竦めた。

 咄嗟に七分袖から出た腕を摩る。


 掌が感じたのは、ざらりとした質感だ。目を落とすと、いつの間にか鳥肌が立っていた。


 寒い。

 私は首を巡らせる。どこかにミストシャワーでもあるのかと訝った。5月初旬だと言うのに、ここだけやけに温度が低い。


 肩に掛けたバックを抱きしめるようにして正面の男性を見る。

 私の気配に気付いたのだろう。

 彼はゆっくりと垂れていた顔を起こしているところだった。


「ああ……」

 男性と目が合う。綺麗な光沢を帯びた目だった。月光を含み、潤んだようにさえ見える瞳で男性は、私に向かって力なく微笑みかけ、それからゆっくりと場所を空けた。


「ここに並ぶのかな……。僕、邪魔だ」

 男性の語尾は溜息で消え、それからゆるりと私から視線をそらそうとした。


「いいえ」

 私は答える。


 途端に、男性は体を硬直させた。

 動きを止めた、というより凍りついたように見えた。私が感じる薄寒さを、彼も感じたような動きだった。


「何か、お困りごとですか? さっきからお尋ねになっていたようなので」

 ゆっくりと微笑む。


 冴村さえむらさんに叩き込まれた笑顔だ。

 眉を下げ、少し目を細める。それから口角の両端を上げて口唇を三日月に象った。


『その顔のまま、相手を観察しろ』。冴村さんの声まで耳に蘇ってきてなんだか、くすりと笑いそうになった。


「僕が、見えますか」

 男性は私を凝視したまま、ぽつりとそう言った。

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