オマケの一言

暁烏雫月

手紙って照れくさい

 学校帰りにいつも寄ってたカフェに入った。でももう、一緒に寄る子はいない。カフェで駄弁だべることも会うことも、もう出来ない。そのせいかな。新学期になってからすごい退屈なんだ。


 毎日たくさん話してた。学校でも登下校中でも休みの日でも。ほとんど毎日のように話してた。なのに、それでも話し足りなかった。今までの当たり前が崩れたのは、一学期が終わる頃、だったね。


「お父さんの仕事の都合でね、二学期から他の学校に転校するんだ。違う県に引っ越しちゃうの。飛行機を使わなきゃここには来れないんだって」


 君が教えてくれた。遠くに引っ越すことともう簡単には会えないこと。飛行機で行くような遠くなんて、学生の私が簡単に行ける場所じゃない。君と笑って話して過ごした楽しい日々がもうすぐ終わる。もう、一緒に過ごせなくなるんだって。


 別れを知った日のことを思い出して、テーブルの上で頬杖をついた。注文したよく飲む定番の紅茶は、まだ湯気を立てていて飲めない熱さ。そんな些細なことで、また君を思っちゃうんだ。


 ねぇ、君は今どうしてる?

 新しい友達は出来たのかな。君は今頃、どんな人と過ごしてる?


 メールアドレスも連絡用アプリのアカウントも交換してた。でも、私はドジだから。スマホを壊しただけじゃなくて、バックアップを取るのも忘れちゃってて。君との連絡手段、手紙以外無くなっちゃったんだよね。


 ついこの間までは連絡を取り合ってたんだ。君が引っ越してから少しの間、私がスマホを壊すまでは。君に返事を送る時にスマホを壊しちゃって、それっきり連絡出来てない。だから、なのかな。君が恋しいんだ。


 紅茶が少し冷めて飲み頃になったのを確認してから、通学鞄の中を漁る。引っ越した君に手紙を出したいなと思って、さっきポストカードを買ったんだ。せっかくだからここで紅茶を飲みながら君へのメッセージを書こうと思って。でも――。


「お元気ですか?」


 それだけ書いて、そこから先が書けない。手紙って何を書けばいいんだろうね。だってさ、ついこの間まで一緒に過ごしてたじゃん。なのに連絡取れなくなったからって手紙書こうとしたらすごい他人行儀で。まるで、仲良くなかったみたいに思えて。


 あれ、今までどんなこと話してたんだろう。すごいくだらないことを話してたのは覚えてる。なのに、君がいなくなった今、くだらない話の内容すら思い出せない。このまま君との思い出は消えていくの?


 こういう些細なことで改めて実感するな。本当に君と離れちゃったんだなって。今はもう遠いんだって。でも、なんでかな。「寂しい」って思うのに落ち込んではいないんだ。だって、いつかまた君と会えるって、そんな予感がするから。


 そうだ、そのことを書けばいいんだよ。手紙を意識して文章を考えるからダメなんだ。よし、紅茶を飲んでからポストカードに下書きしよう。君へ伝えたい言葉を。


「冷たっ! あっちゃー、考え事してたら飲み頃逃しちゃったんだ……」


 勢いよく口に入れた紅茶は予想してたより冷たくて。ぬるくなったコールドドリンクに近い温度だった。君へ送るメッセージを考えてたら、温かいはずの紅茶がすっかり冷めちゃったんだね。我ながら情けないなぁ。




 ポストカードに、下書きってことでシャーペンで字を書いてる。メールじゃなくて手書きの文字ってだけなのに、なんでかな。少し恥ずかしくて、文字を書くだけなのに照れちゃう。


「私は相変わらず元気だよ。でも、ちょっと寂しいかな。落ち込んではいないよ? きっといつかまた会えるって、そんな予感がするから。気のせいかもしれないけど……」


 何度も言葉を書いては消して、書いては消して。やっと出来た下書きを眺めてみる。たくさん言葉を書きたくて小さくなった文字は、文が進むにつれて崩れてきてる。でも、読めないわけじゃないし、この方が私達らしいよね。


 さあ、下書きをボールペンでなぞろう。シャーペンからボールペンに持ち替えて、軽く手の中で回す。このペン回し、君が教えてくれて出来るようになったんだよね。そんな小さな思い出すらも、今は遠い。


「ペン回し、下手だなぁ。仕方ないからずっと傍で上達を見守ってあげよう」

「うわっ、わざとらしい言い方! ずっとって……いつまで?」

「高校か大学でどっちかが離れるまでじゃない? 離れるなんて、余程のことがない限りありえないし。だから、遠くに離れるまで、ペン回しの上達を見てあげる」


 ペン回しを教えてくれた時は、こんなに早く別れが来るなんて思わなくて。二人して離れないって思ってたよね。同じ中学を卒業して同じ高校に行くんだと、そう思ってたんだ、二人して。


 楽しかった君との思い出を振り返る度に胸がしめつけられるみたいな感覚に襲われる。切ないってこういう気持ちのことを言うのかな。君は、私と離れても切なくなったりしてない? きっと……してない、よね。


「いつかまた会えるって思ってる。だからきっと、寂しいのは気のせいだと思う。また会える日を待ってるよー。あ、返事はいらないからね。どっちかと言うと……この連絡先にメッセージください。連絡先、ドジって消えちゃったの、ごめん!」


 寂しいのは「気のせい」ってことにしよう。この気持ちは私の中だけにしまっておこう。だって、君が同じこと思ってなかったら悲しくなる。寂しいのが私だけだったらそんなの、君への片思いみたいじゃん。


 そうだ、最後に一言オマケみたいに付け足してみようかな。ボールペンからシャーペンに持ち替えて、メッセージの最後に文字を付け足す。


「P.S. 今までどうもありがとう」


 いや、これじゃもう会えないみたいじゃん。たかが文字だけど、それでも気にする。うーん、なんか違う。顔文字を入れる感じじゃないし、手書きだから絵文字なんてないし。うーんと、えーと。


「P.S. 今までどうもありがとう。これからもよろしくね」


 いや、「P.S.」は要らないかな。というか、手紙でもポストカードでも「今までどうもありがとう」はなんかなぁ。恥ずかしいし照れるっていうか。伝えたいことだけどこのままだとなんか恥ずかしい。


「(ありがとう)。これからもどうぞよろしくね」


 あ、これならいいかも。括弧の中に入れればネタっぽいよね。それに、「これからも」って入れた方がまた会える感じがある。よし、これをボールペンでなぞって、下書きを消せば完成だね。




 すっかり冷たくなった紅茶を飲んだ後、結局もう一回温かい紅茶を注文した。二杯目はちゃんと飲み頃の時に飲んだんだけど、君がいないで飲む紅茶は砂糖を入れても少し苦く感じた。


 カフェから出た後、帰り道にあるポストまではすんなり足が動いたんだ。でも、ポストを目の前にして足が止まる。ポストカードを出そうとするけど、なんだか躊躇ためらっちゃう。


 よく考えたらポストカードを送るのって私のエゴだよねって思って。でも私からアクションしなくちゃ、君からはもう何の連絡も無いかもしれない。何もしなかったらもう君と会えない、そんな予感がするんだ。


 宛先は三回確認した。君に教えて貰った住所は一文字も間違えずに書けたよ。メッセージだって何回か見直したし、出せばきっと届く。でも、ポストカードを投函する決心がつかない。


 何かを始める時って怖い。ポストカードを出したら、君は私を面倒くさがって嫌うかもしれない。ポストカードを見て喜んでくれるかもしれない。やってみなきゃわからないけど、やる前ってどうしても怖くなる。


「きっといつかまた会えるって、そんな予感がするんだよね。だから寂しいのは気のせいだと思う。また会える日を待ってるよー。なんなら私、高校生になったらアルバイトしてお金ためてそっちに行く!」


 迷いに迷った挙句メッセージの最後はこう締めくくって。その続きに「(ありがとう)。これからもどうぞよろしくね」が書いてある。このメッセージは、私が投函しなかったら伝わることは無い。わかってるんた、そんなこと。


 ねぇ、ポストカード……出してもいいかな?


 心の中で君に問いかけてみる。返事なんて返って来ない。そう、わかっていたけど、それでも心の中でいいから聞きたかったの。また、君の声が聞きたいな。


『ありがとう』


 空耳かな。ここにいるはずのない君の声が聞こえた気がした。うん、このポストカード、出してみよう。空耳でも声がするくらい、君に伝えたいことがある。なら、出さなきゃダメだ。


 勢いよく投函したポストカードは、微かに音を立ててポストの中に消えていった。

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