第2話 新しい自分に会いましょう

「あの先輩、怖いんですよね…」

「あの子、仕事はできるんだけどねぇ…」


また、だ。

また、言われてしまった。


怖い、機嫌悪そう、プライド高そう、近寄りたくない…

よく会社の人が私のことをそう言っているのを、私は知っている。

知ってはいるが、そのイメージを覆すことは非常に困難である。

なぜならそのイメージが、女のくせに男性的な顔立ちと、吊りあがりぎみな三白眼からきているからだ。

自分でどんなに頑張っても、顔のつくりは変わってはくれない。

整形手術をしたって、黒目の大きさは変わっちゃくれないのだから。


そういうことを言われた時は、居心地が悪くて、逃げ出すことしかできない。

「昼休み、行ってきます」

今日は逃げ出しやすい時間だっただけ少しラッキーじゃん、なんて言い聞かせながら、

人の少ないオフィスをすり抜け、街に飛び出した。

「げっ、いたの?」

という声は聴かなかったことにした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



こんなカフェあったかな、と興味本位で入ってみると、あまり数の多くないイスとおしゃれなカウンター。

「ようこそ、カフェ・トゥリナエストへ」

その中に、中性的な顔立ちの若い男性が立っていた。

私と同じ中性的な顔立ちでも、まったく系統の違う、穏やかな雰囲気をまとった人だった。

少々悔しい。

そんなことを考えていると、カウンターにどうぞ、とうながされた。

言われたままに店内を進み、カウンターに腰かける。

どうやら客は私一人のようだった。

「ご来店、ありがとうございます」

穏やかな笑みを浮かべた彼は、この店のマスターだと言った。

「新しいお店、ですよね?」

「ええ。つい2週間ほど前に開店いたしました。よくご存じですね?」

「まあ、この辺で働いてるので。このあたり、わりと通るんです」

そんな話をしつつ、差し出されたメニューを受け取る。

そういえば、初対面でこんなに話をしたのは久々かもしれない。

基本的にお店の店員さんたちは、私を怖がり、いそいそと私の傍を立ち去ってしまうことが多いような気がするから。

だが、このマスターはそんな雰囲気を感じない。

カウンターの中だから動きようもないというのもある。

でもそれ以上に、この人は客と話をするのが好きなのでは、と思った。

「あの、おすすめってどれですか?私、あんまりコーヒーの種類とかわからなく  て」

「それなら、こちらはいかがでしょう?

 私があなたに気に入っていただけるようなものをお選びしますよ」

勇気を出して声をかけると、待ってましたと言わんばかりの微笑みで答えてくれた。

彼が指をさしたのは、おすすめセット、と書かれたところだった。

「じゃあ、それで」

それから彼は、いくつかの質問をしてきた。

とはいえ、アレルギーはありますか、とか、苦手なものはありますか、とか、その程度のものだった。

基本、好き嫌いのない私は、いいえ、と答えるだけでよかった。

「では最後に。甘いものはお嫌いではありませんか?」

「好きですよ。苦手だと思われがちですけど」

「そうなんですか?」

「ええ。目つきが悪いせいだと思うんですけど。

 ほんとは甘いものとか、かわいいものとか、結構好きなんです」

そう。本当なら、ほかの女性たちのように、甘いものやかわいいものが好き、と言いたいのだ。

信じてもらえなくて、それどころか、気味悪がられるから言えなかったけど。

この人なら言ってもいいかな、と思えたのは、この人のかもしだす雰囲気のせいだろうか。

意外だ、と笑われるかと思っていたのだが、彼はそうはしなかった。

棚からコーヒーの入った瓶をとりながら、好みは見かけで決まるのではありませんからねぇ、と言った。

「それはそうなんですけど。やっぱり印象からくるイメージって強いんでしょう  ね。どうしても怖がられちゃったりするんです」

さっきもそう言われて、逃げるように会社をでてきちゃって、とため息をつけば、そうなんですね、と返された。

後ろを向いて何かをしていた彼が振り返ると、ふわりといい匂いがした。

「お先にこちら、ウインナーコーヒーです。濃いめのコーヒーの上に生クリームを のせたものですよ」

「あ、ありがとうございます」

白いカップには確かに白っぽいクリームが入っていた。

「いただきます」

ウインナーコーヒーをひとくち口に含めば優しい味がした。

確かに味は濃いのに、苦すぎず、香りも強すぎなくて、とても飲みやすかった。

「おいしい…」

「ふふふ、それはよかった。

 あと、こちらはサンドイッチです。お仕事場をぬけて、ということはお昼休み  だったのですよね」

いつのまに用意されたのだろうか。

断面がとてもきれいなサンドイッチが出された。

パンはトーストされていい色をしていたし、ほのかに温かかった。

「店の奥にいるうちの優秀な元パティシエールが作っているので、お味は保証しま すよ」

彼がそういうと店の奥から、へっ?という女性の声が聞こえた。

サンドイッチを頬張れば、これもまた、不思議と落ち着く味がした。

「おいしいです。なんだか、どっちも優しい味がします」

「ありがとうございます」

「私もこんな風に優しい雰囲気になれたらな…」

ぼそっと、言葉をこぼす。

聞き逃してもおかしくないくらいの小さな声で。

しかし、彼はそれを聞き逃さなかった。

「なればよいのです。今からでも遅くはない。

 今の時期はちょうど新しい人が入ってくる時期でしょう?

 新しい後輩さんなどに話しかけてみたらどうです?

 そうすれば、親しくなれるはずです。

 それに、一人でも親しい人がいれば、ほかの人もあなたの本当を知ることができ て、関りを持ちやすいのではないでしょうか。

 そういう環境を作るのは、あなた自身ですよ」

彼はそう言った。

そういえば、そうだった。

怖がられるからと、逃げられるからと、関りを持たないようにしていた。

見かけのせいにして、逃げていたのはいつだって私だった。

私自身が逃げているのに、誰が私と向き合うというのだろう。

「なんて、お節介でしたかね。すみません」

「そんな。おかげで私、大事なことに気づけました」

私自身が、私を出していかなければ。

そうすれば、誰かしらには伝わってくれる。

それこそ、彼が私をわかってくれたように。

だから彼が謝ることなんか何一つない。

「私、頑張ってみます。

 時間はかかるかもしれないけど、それでも」

そういうと彼は、では、と言い私の前に1つの袋を差し出した。

かわいらしいラッピングがされていたそれは、お菓子のようだった。

「マシュマロフォンダント、と言うらしいです。

 サンドイッチをおいしいと言ってくださったお礼だそうですよ」

彼がそう言うと、奥から金髪の女性が出てきた。

「よかったらもらってください。お話のタネにでもなるといいなぁ、なんて」

女性は恥ずかしそうにそう言うと、ぺこりと頭を軽く下げて奥に消えてしまった。

「ますます頑張らなきゃね」

こんなに応援してもらったのだもの。

決意をするように、カップに少しだけ残ったウインナーコーヒーを飲みほした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


お金を払って、お礼を言って店を出た。

すると、こちらに向かって後輩が歩いているのを見つけた。

店を出るとき、次は後輩でも誘ってきます、なんて言ってしまったから、

早速声をかけてみようかな。

勢いに任せて。

「あら、これから戻るとこ?」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「彼女、嬉しそうでしたね」

「はい。新しい自分へのカギに出会えたんでしょうね」

次に彼女が来店くださった時には、とっておきのお菓子を出してあげよう。

マスターの入れる、優しい味のウインナーコーヒーにあうような、とっておきのものを。


またのご来店、お待ちしています。


To be continue...


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カフェ・トゥリナエストで会いましょう 氷月 @hiduhiyo47_w

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