いろはの日記より(その四)




(田原いろはの日記帳より抜粋)

 

 今日の出来事。



 今日は和桜国でも昔からある香草――西洋風の言い方をすればハーブ――についての勉強をしていました。

 普段、お料理に使われているシソなども、立派なハーブなんだそうです。

 そういえばいい匂いがしますしね。

 


 お店の準備の方も順調のようです。

 それから従業員さんの面接も今日行われました。

 圭人と、執事の征十郎さん、それにメイド長の胡蝶さんが面接にあたってくれましたから、ばっちりのはずです。

 私もその場には居ましたが、まだ顔を出さないほうがいいと言われました。

 けど、こっそりのぞいちゃいました。

 みんな、お化粧が完璧でとっても綺麗な、いかにも大晶の新しい女性って感じのする人でした。

 この中の、どの人が店員さんになってくれるんだろう、楽しみです。


 そうそう、その面接のとき、征十郎さんと胡蝶さんはいつもの執事服やメイド服ではなく、私服でした。

 征十郎さんの私服は、貫禄のある和装。

 胡蝶さんの私服も和装。はじめて見た胡蝶さんの和装姿は、とても背がしゃんとして、すらりとしてとてもきれい。

 

 メイドさんたちの噂を小耳に挟んだことがあるのですが、胡蝶さんはもともと士族のお家の出だったそうですが――明磁以降に没落して、圭人のお父さんが当主をしている紫乃宮侯爵家(これ、こうしゃくけ、って漢字難しい……間違ってないよね?)に奉公に出されたんだそう。でもって、圭人が新しく伯爵家(わかった、しゃく、が難しいんだこれ……)をたてたときに、メイド長として引き抜かれたとのこと。


 世が世なら、立派なおさむらいさまのお嬢様だっただろうの胡蝶さんがメイドをしていて、私みたいなのが、その胡蝶さんにお世話をされているんですから――本当、変な話ですよね。



 それからお屋敷に戻って、またお勉強。

 今度は西洋のことばのお勉強です。

 かなりいろんな単語を覚えて、易しめの本ならするする読めるようになってきました。

 いままではわからなかった、いろんなことがわかるようになるんだから、勉強ってやっぱり楽しいです。


 夕食の後は、お店用のポプリレシピ作り。

 ちゃんとした、いわゆる高価な材料を使えば、やはり良いものはできるのでしょうが……私はできるだけそうしたくはありませんでした。

 だって、なるべくみんなに、香りを楽しんでほしいから……。

 高価な材料を使えば、それだけ値段も高くなってしまいます。

 それではみんなに、楽しんでもらえません。

 けれども安すぎても、今度はまともな品物はできそうにないので、折り合いが難しいです。

 私はこういう計算はしたことがないのですが、お店をするならば、こちらの方も勉強しなければいけないと思っています。



 もうこんな遅い時間になってしまいました。

 なんだか……最近、眠っても眠っても体が重たい気がするんです。

 ……でも、ちゃんと寝なくてはね。

 だって、きっと、圭人が心配するでしょう。


 おやすみなさい、また明日。












 ◇◇◇






 それは、本を邸内の図書室に返しに行くだけのはず、だったのだ。

 自分に与えられた部屋から、図書室への移動。それだけだった。

 だけど、ドアノブをひねって、それから―― 


「ん……?」


 何かが、おかしい。


 重たいものがのしかかっている。


 頭が重たい。

 体も重たい。

 視界がかすむ。

 体が熱い。

 胸が、どくどくとうるさい。


 時間の流れが、恐ろしくゆっくりに感じられる――


「あ……あれ…………?」

 

 頭の中身をゆっくりとかき回されているような、不快な感覚。

 視界と体がぐらぐらする、しっかり歩きたいのに体が言うことをきいてくれない。

 体が燃えるように熱いような、でも芯が冷えているような――


 そんなことをぐるぐるごっちゃに考えながら、田原いろはは紫乃宮伯爵邸の廊下にふらりと倒れる。

 

「圭人……ごめ……ん…………」


 また、圭人に迷惑がかかる。……そんなことを思いながら、いろはの意識は真っ黒に沈んでいった。









「いろは様!」

「いろは様が!」

「いろは様、しっかりなさってください!」

「征十郎さん、すぐに圭人様に連絡を……!!」



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