いろはの日記より(その三)
「私のお店……?」
それってどういうことだろう、といろはは首を傾げる。
詩乃も可愛らしく首を傾げていた。
「いろはちゃんのお店って……どういうことなのですか。真希子お姉さま」
「おーーーっほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ!! 簡単なおはなしでしてよ! 皆様がいろは嬢のポプリを欲しがっているので、適正な対価と引き換えにそれを供給すればよろしいだけですわ!!」
「た、対価って……まさか、お金貰うの?」
いろはは驚くしかなかった。まさかそんな話になるだなんて。
「お店の場合はそういうことになりますわね。今なら女王陛下のお言葉効果もありますし、出資してくださる方はいくらでもいるはずですわよ」
あぁ、ダメだ。この感覚は。いろはのわからないところで、どんどん話が進んでいっている気がする。
女王陛下のお言葉って……和桜国の女王陛下というのは、そんなにすごいお方だったのだと、今更ながらに痛感する。
「お、おい真希子。何を勝手に」
圭人がさすがに、と言った様子で真希子を遮った。
「いろはの店に出資するなら俺がするに決まっているだろう」
……ちがう、そうじゃない。と、いろはは言いたかった。
こんな小娘である自分を教育しているだけではなく、たくさんのお金を出してお店をもたせるなんて何を考えているんだろう。貴族様ってのはやっぱり……怖い。
ちらり、と詩乃を見る。
詩乃はいろはを力付けるかのように小さく微笑んだ。
「大丈夫、いろはちゃんのお店なら、きっとたくさんお客様が来るよ」
「……本当に、本当に、そうなのかな」
もしも失敗したら、いろははきっとたくさんのお金を無駄使いしてしまうのだ。それも自分のお金じゃない、圭人や、あるいは他のひとの出してくれたお金だ。
「大丈夫、そのために、いっぱい勉強すれば良いんだよ」
「勉強?」
「そうだよ、経営の勉強だけじゃなくて、香料の勉強やポプリのレシピの勉強なんかをね。あとは他の人がどうにかしてくれるから、ね」
「……そういうものなの?」
「そういうものなの。いろはちゃんはいろはちゃんに出来ることをすれば、自然と結果もついてくるものだよ」
そういうものなのだろうか。いろはの人生は……振り返れば、突然にこんな環境に放り込まれてしまったために、どんなにあがいても抜け出せないときは抜け出せないのではないか、という思いがある。
「ね……いろはちゃんの作ったポプリ、ぼくも欲しいな」
なぜだろうか、そう言われると、お店をやってみてもいいなと思えるのは。
「いろは」
圭人がいろはの顔を覗き込んでくる。圭人の顔は、心配そうにするでもない様子で、いつもの眼鏡の奥で鋭い目つきをしていた。
けど――
「あのね……圭人、私ね、その、ポプリのお店……やってみてもいい?」
「あぁ、やってみろ」
やっぱり鋭い目つきのまま、圭人が言う。
けれど、そんな風に圭人はいつも、いつも、いろはを優しく見守ってくれた。
だから、私は――私にできることをやろう、なんでもやろう。
圭人のためにも、私は私にできることをしなくては。
「じゃあ、やってみるね、精一杯」
「出来るさ」
(田原いろはの日記帳より抜粋)
今日のできごと。
今日はかむいまきこ様が弟であるうたのさんをつれておやしきに遊びに来てくれました。
うたのさんは、見た目はきゃしゃでとっても可愛い女の子です。
でも男の子なのです。ふしぎです。可愛いのに。
なんでも、うたのさんは小さいころから体が弱くて、圭人が作ったぎんのうでわがないと、ベッドから起き上がることもできないぐらいなんだそうです。生まれつきのまりょくが大きいために起こることだと、圭人は言っていました。
圭人がぎんのうでわをちょうせいしている間、私とうたのちゃんとまきこ様で西洋のすごろくみたいな遊びをしました。
このすごろくは圭人が買ってくれたものですが、ほとんど遊べていませんでした。
なので、私はいっぱい負けたけど、たのしかったです。
私がうたのちゃんとお話をしている間、圭人とまきこ様も何かお話をしていました。
すると突然、まきこ様が私のお店を作ってはどうかと言い始めます。
わたしはびっくりぎょうてんしてしまいました。
こんな私が、お金をだしてもらって自分のお店を持てるなんて。
びっくりしました、足もふるえました。
でも、でもこれはいい機会なんじゃないかと、そうおもったんです。
私は圭人にいっぱいたくさんのものもらっているのです。
だけど、私のお店が上手くいけば……それを返せるんじゃないかって。
わたし、頑張ります。
まずはお店に出す予定の、レシピ作りから頑張ろう。
よし、さっそく一個おもいついた!
◯ローズとオレンジのドライポプリ
ローズ(はなびらだけ) カップ四
オレンジフラワー カップ一
オレンジの皮 カップ半分
クローヴ 小さじ一
オールスパイス 小さじ一
オリスルート 大さじ一
ローズオイル 二~三滴ほど
オレンジオイル 一滴
◯作り方
ローズ、オレンジフラワー、オレンジの皮をツボなどのなかでよくまぜます。
クローヴとオールスパイス、オリスルートをにゅうばちでてきどにくだきます。
くだいたスパイス類に、オイルをしみこませます。
ツボのなかに、オイルをしみこませたスパイスを入れてよく混ぜます。
ツボにしっかりふたをして、二週間から、一ヶ月ぐらいじゅくせいさせます。
じゅくせいがおわって、香りが弱いようなら、オイルを追加します。
(これらのレシピには、文字を塗りつぶした後や、二重線で消した痕などもある)
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