二人で反省




「さすがに……疲れたぞ」

「うん……そうだね……」


 二人は、百貨店の中にある喫茶室の中でぐったりと座っていた。

 注文したオレンジジュースに口をつける元気もない。まるで生気を和服売り場で吸い取られてきたかのようだった。


「でも……お着物、どれもみんな綺麗だった……」

「ほう、意外と余力があるようだな。なら洋装売り場も回るか?」

「え。それはやだ、無理っ……」

「はは、俺もだ。買い物がこんなに疲れることだったとは……」


 そんな話をしながら、ゆっくりとオレンジジュースを飲んで足と頭を休める。


「じゃ、そろそろ出るか」

「うん」

 ジュース一杯ずつでねばるのも限界だろうぐらいに休んでから、二人は喫茶室を後にした。


「いろは、何か欲しいものはあるか?」

「欲しいもの、と言われても……うーんと、えっと、あ! 圭人の家のお庭に、ここの入り口にあったおっきな猫みたいな動物の像とか欲し」

「それは無理だ」

 ずっと貧しい環境で育ったいろはには、自分に必要なもの、自分が欲しいもの、というものがよくわからないらしい。

 ライオンの像が欲しいだとか、庭に果物の成る木だの金木犀みたいないい匂いの木があればいいのにとか、そういう荒唐無稽なものばかりだ。

 もっと年頃の娘らしく、金襴の帯だとか、シルクのドレスだとか、真っ白いレースの日傘だとか、薔薇の香水だとか、真珠のアクセサリーだとか、そういうものを欲しがっていいのにと、圭人は思わずにいられない。

 と、圭人の横を歩いていたいろはが、急に立ち止まった。

「ん……? どうした、いろは」

「あ、えっと……」

 いろはが見つめていたその先を、圭人も見る。

 そこにあったのは……舶来の芸術品を扱う店。そして、金の髪をした西洋人形だった。

「あれか……買ってやろうか?」

 いろはにも年頃の娘らしさがあったころに圭人は心の中で安堵しながら、少しからかうように言う。

「……もうお人形遊びするような、子供じゃないもん。えっと、そうじゃなくて……あのお人形は、海のずっと向こうの外国から来たんだよね? 圭人も、外国に行ったことがあるって聞いたよ」

「あぁ、留学……勉強するためにな」

 魔術師として勉強をするための、国費留学だった。なんだかんだ言っても、魔法技術の先進国は、西洋諸国だ。和桜国もそれに追いつき――追い越すためにも、西洋から学ぶことは多かった。

「ねぇねぇ、よその国のひとって、本当にあんな青い目とか、金の髪とかしているものなの? 本当に、生まれつきあんな色をしているの?」

「あぁ、本当にそうだぞ」

「本当にそうなんだ……世の中って、広いものなんだね……」

「あぁ、広いぞ」


 結局その人形は買わずに、いろはの勉強に必要そうな書物や文房具など、細々としたものを書いながら、百貨店内を回る。

 と――圭人はショーケースに展示してある、万年筆にちょっとのあいだだけ気を取られた。

 その時はちゃんと、いろはも後ろにいる――つもりでいたのだ。



「いろは?」


 異変に気づいたのは、すぐだった。

「いろは……?」

 視界のどこにもいろはが、いないのだ。

「おい、いろは! どこだ!!」

 叫んでも、返事はない。

 圭人は万年筆のショーケースの近くを探してみたのだが、どこにも――あの菫色のドレス姿のいろはが……いない。

 まさか誘拐か、ただの――こういうのもおかしいが――人さらいならともかく、いわゆる今の和桜国に反逆の意志があるような者にさらわれた可能性もある。だだでさえ、圭人は貴族であるのだし、背負うお役目も重い。

 探知の魔法を――

 いや、そもそも、いろはには探知の魔法に必要な“魔法の目印”をつけていない!!

「いろは……!!」

 自分のミスを悟りながら、もうなりふりかまわず、彼女の名前を呼びながら百貨店の中を探し回る。

 

「あの……お客様、お嬢様が迷子になられたのでしょうか?」

 あまりになりふりかまわず探し回っていたせいか、心配そうな顔をしたデパート・ガールに呼び止められる。

 化粧はやや厚いが、親切そうな顔をした女だった。

「あぁ……あー、えっと娘ではなく、連れなのだが」

「そうでございましたか。案内所がございますのでそちらにお連れ様もいらっしゃるかもしれませんし、特徴を教えていただければこちらでお探しすることもできます。よろしければ、お連れいたしましょうか?」

 案内所、そういうのがあったのか。

 わらにもすがる思いで、圭人はその親切なデパート・ガールに案内所なるところまで連れて行ってもらう。


「こちらのお客様がお連れ様とはぐれてしまったようなのですが……」

「そうですか……。お客様、すぐにお探ししますので、そのお連れ様の特徴やお名前などをお教えいただけますでしょうか?」

「あぁ。名前はいろは、十四歳だがそれより幼く見える。痩せていて、目が大きくて髪は肩につかないぐらいに短い。今日は菫色のワンピースドレスを着ていた……このぐらいでいいだろうか」

 圭人はいろはの特徴をひとつずつ挙げていく。

 あの娘になにかあったら、自分はどう責任をとればいいのだろうか。貧民窟育ちの少女ではあるが、ある意味では女王陛下から――国家から世話を任された娘だ。

「かしこまりました、それではまず百貨店の各フロアに連絡を――」

 と、案内所の責任者らしいデパート・ガールが言いかけたときだ。


「すいません! 迷子の女の子を保護しました!!」

「大野さん、もっと静かに入ってきてくださいな」

「す、すいません……」

「えっと、迷子の子は……あら!」


 大野さん、というデパート・ガールが手をひいていたのは……めそめそと泣いているいろはだった。

「いろは!」

「圭人……? 圭人……だ……圭人だぁ……うぅ……ぐす……うぅぅぅうう……」

 大野さんとやら、よく見つけてくれた。と思いながら圭人は泣いているいろはのそばに寄り、ハンカチを差し出す。

「ほら、涙をふけ」

「うん……」


「いろはちゃん、お父さんもちゃんと探してくれてたのよ、良かったわね」


「「あ、それは違います」」

 大野さんというデパート・ガールはどうやら、圭人といろはを父娘だと思っていたらしい――




 外に出れば、もうすっかり星が出ている時刻だった。

「ごめんね……私、圭人に捨てられちゃったかと、そう、思って、でも、私が迷子になっただけで、迷惑かけちゃって……」

「いや、俺も目を離したのが悪かった。迷惑はしてないが……お前が誘拐されたかと心配したぞ」

 二人は圭人の車に乗り込むまで、ぎゅっと手をつなぎ合っていた。

 もう迷子にならないように、こうしたらいいですよ、とデパート・ガールの大野さんが教えてくれたのだった。

「これからは外ではちゃんと手をつなぐようにする。お前が本当に誘拐されないように、な」

「……うぅ、私そんな小さい子供じゃないのに……恥ずかしい」

 恥ずかしそうにいろははさっきからずっとうつむいている。だが、まんざらでもなさそうだった。

「仕方がないだろう、これは帰ったら反省会だからな」

「……二人で?」

「あぁ、二人で反省だ」

「それなら……うん、いいよ」




 後日、和服売り場で使った金額が征十郎と胡蝶にばれて、また反省させられることになるのは、別の話――



 

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