デパートメントストア
女子、というものは国籍、年齢、身分、その他様々な分類を問わず買い物という行為が大好きな生き物だと、圭人は思っている。
圭人の実家の母がそうだったし、すでに嫁いだ二人いる姉たちも同様だった。
留学先の女友達も買い物という行為を好んだし、職場の女性らにも買い物が嫌いという者はまずいない。
「買い物に行くぞ」
そういうわけで天気も良い休日、いろはと買い物に行こうとしたのだが――
「圭人様。そのように急におっしゃられても、女性の外出準備というものには時間がかかるものです。予定を入れるのは前日までにお願いします」
メイド長である胡蝶により門前払いの憂き目にあっていた。
「そこを何とかできないか?」
「何とかする方法は簡単です。圭人様が時間をどうこうできる魔法を使ってくだされば、よろしいのですよ」
「……無理だと、判って言っているな? 胡蝶……」
世界そのものに干渉する――時間を操る魔法は、誰も到達したことがないとも言われている、伝説や神話の存在だ。言うなれば、金羊毛だとか医神の杖だとか空をも駆ける八脚の馬だとか、そういう類のシロモノと同等かあるいはそれ以上。この賢いメイドはそれが判っていて、このような発言をしているのだ。
「そういうことです」
「……仕方がない、なら今回は」
と、圭人が引き下がろうとした時、
「圭人ー! 今日はお仕事おやすみなの?」
どうやら先程まで庭を散歩でもしていたらしく、いろはが廊下をいきおいよく駆けてくる。
「いろは、レディになろうという女子は廊下を走るものではない。それと、今日は俺は休日だ。だから、お前と買い物にでも出ようと思っていたんだが」
「お買い物……お出かけ……!」
いろはが目をきらきらさせている。
胡蝶はその様子を見て、頭を抱えているが。
「あの、ぴかぴかの赤いのに乗っていくの?」
「自動車のことか。前日点検させておいた黒い車にしようと思っていたんだが……」
「黒いの乗りたい! お買い物、行きたい!!」
「そうか、なら準備するように」
圭人は今、結構悪い顔をしてるだろうなと自分でも思っていた。
が、百錬練磨のメイドである胡蝶にはともかく、この無学無教養無邪気な少女にはそれは見抜けないらしく、素直に喜んでいた。
「くるま、くるま、まっくろのくるまー」
妙な拍子をつけた、おそらく本人作であろう歌をうたいながら、いろはは自動車に乗り込んだ。もちろん、そのドアを開けたのは圭人である。
胡蝶が急いで彼女の『お召し替え』を行ったようで、先程までとは違う外出用らしい服を纏っていた。菫色のドレスで、襟元と袖口のレースが可愛らしい印象を与えている。
「ところで買い物って言っていたけど、どこに行くの?」
「あぁ、デパートメントストア……和桜国の言葉で言う『百貨店』にな」
黒い自動車は軽快に道路を走り抜ける。
いろははまず、明るい時間帯に貴族街を歩いたことなどもないので、他家の屋敷群を見ただけで驚き、あの家には誰が住んでいるのか、圭人は中に入ったことはあるのかと質問をどんどん投げつけてくる。
貴族街を抜けても、まだまだいろはの驚きは続いた。
きっちりとした区画整理がされた広い道路、どこまでも高いビルディング、たくさんの自動車や馬車、そして通りを歩く美しく装った男女――
「わぁぁ……」
「いろは、そろそろ『八越』に着くぞ」
「ねぇ、その、八越……百貨店……って、どんなところ? ここよりもっと凄い?」
「ある意味では、まぁ凄いと言えるな。あぁ、ほら、見えてきた。あそこに見える建物が、八越だ」
「ど……どれ? なんかみんなすごい建物すぎてわかんな……え、な、なに……あれ?……私……よその国にきちゃったの、かな?」
「はは、それは困るな。ここは正真正銘、我らが和桜国の領土内だ」
圭人は、八越百貨店の正面になるべく近いところで車を止める。
いろはは――無学無教養無邪気な少女は、ただ呆然とその建物を見上げていた。
「ここ……圭人のお屋敷がいくつ入るんだろう……」
「おい、なんで地味にこっちが傷つくこと言うんだお前は……」
無垢な少女からの思わぬ発言に、圭人は車のハンドルに突っ伏した。
「すごい……これ全部お店? こんなにお店があるなんて、今日はお祭りか何かあるの?」
「そうだ、この建物は全部商店だ。あと、今日は別に祭りというわけではない」
八越百貨店は、もともと老舗の呉服屋だったのだが
和服、洋服の取扱いはもちろんのこと、化粧品、帽子、履物、和洋傘、鞄……その他にも、商品として販売できるありとあらゆるものを揃えているのではないか、などと言われている。
きょろきょろとあちらこちらを見ているいろはを連れて、まず向かったのが和服売り場だった。やはり和桜国の人間としては和服が一番である。それに、若い娘がちゃんとした振袖の一着も持っていないというのは――ありえない。
「うわぁ……」
ここまで来ると、いろはは感嘆の声以外の言葉を忘れた様子だ。
和服売り場にはさまざまの反物が展示されていて、その華やかさはさながら花畑にでも迷い込んだかのようだった。
圭人は店員に、若い少女向けの反物を出してもらう。
桜も散って、春気分も抜けかけのこの時期は夏用の
とはいえ、圭人には女性の着るもののことはよくわからない、せいぜいがこれはモダンなトランプの模様が描かれているなとか、これは古典的な花の模様だとか、これは西洋から入ってきた花の模様だとか、それが理解の精一杯だった。
しかも、いろはの意見を聞こうにも呆けていてほとんど応答しない。
そのため、売り場の女性店員に品物選びをほとんどを任せることになった。
「では……お仕立てあがりましたら、こちらのご住所にお届けいたします」
結局、言われるがままに何着もの和服を注文する羽目になった。海千山千のデパート・ガールにはかなうわけもなかったのだ。
「あ、あぁ……」
「……」
「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」
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