小娘の処分



「だから!! そのような者、さっさと首を刎ねてしまえば良いのだ!!」

 もう誰なのかも確認する気力が失せているが、とりあえず今この場にいるなら有力貴族ではあるのだろう。そのどこぞの有力貴族の声が会議の場に響く。

 もう夜中だというのに、お元気なことで……と紫乃宮しのみや圭人けいとはどうにかこうにかあくびを噛み殺しながら口の中だけで呟いた。

 例の小娘の処遇を決めるための御前会議は現在、揉めに揉めている。


 あの騒動のあと、女王一行はお召列車で桜都おうとにトンボ返りして『女王陛下の地方視察の妨害をした小娘』の処遇を決める会議に強制参加状態だった。


「しかし、そのような真似をしてみろ、諸外国はこの機会とばかりに『やはり和桜国は昔から何も変わらぬ野蛮な国よ』とあざ笑うに決まっている!」

「ならば!! こたびの騒動、誰がどのように責任を取るというのだ!」


「はぁ……」

 圭人に言わせれば、こんなものは会議でも何でもない。

 ただの、貴族たちの主導権の奪い合いにすぎないのだ。どろどろしていないだけ、庶民の子供同士の喧嘩のほうがまだすっきりさっぱりとして見ごたえがあることだろう。


「んー……もう今日はだいぶ遅い時間なんだし、うちの親父も、ここは適当なところで食い下がればいいのになぁ」

「あの緑河みどりかわ侯爵が相手では、おまえの父上――紅瀬波くぜなみ侯爵もそういうわけにも行くまい」

「面倒くせぇなぁ、さっさと警備担当してた俺あたりを厳重注意処分にでもして済ませればいいのに。こんな深夜にまで貴族連中の怒鳴り合いの会議に巻き込まれる方がよっぽど重い罰だぜ」

「だからこそだ。だからお前の父上としてはそういうわけにもいかぬのだろう。そうなればお前の経歴に傷がつくからな」

「あー……もう、なんでも良いんで早く終わんねぇかなぁ……」


 ヤケ気味にぼやく優太。

 しかし、この会議で彼以上にいらいらと腹立ちとを溜めている者がいることに、圭人はまだ気づいていなかった――


「そのような事は出来るわけがなかろうが、穢土えどの昔に逆戻りしたいのか貴公は!」

「貴公はどこに耳をつけておるのだ、そのようなことは言っておらぬわ!! 私は、薄汚い庶民の小娘がこともあろうに女王陛下の観桜を邪魔したことが」


「つまり――つまりは、こういうことか」


 会議と言う名の怒鳴り合いの声を割って、冷ややかな少女王の声が会議の場に響く。


「その娘が、わらわに目通りできるような――西洋風に言うなれば、レディであれば、このような騒動にならなかったと」


「いや、あの、陛下、その……」

 取り繕うかのような、どこかの貴族の声。

「黙れ、聞け、このわらわ――樹乃花姫の言葉であるぞ」


「……ありゃあ、まずいぞ……」

「あぁ、陛下は……相当、キレておいでだな……」


 ……考えれば当たり前とも言える。せっかくの息抜きともいえる遠出と花見を邪魔され、トンボ返りで桜宮おうきゅうに戻ってきての、この深夜になっても終わる気配のない会議だ。

 たとえ、十七歳の少女の身でなくとも、血管のひとつやふたつ、切らしたくなるというものだろう……。


「ならば、その娘をレディにしてしまえば、何も問題はないのだ。聞けばその娘はわらわともそう年の変わらぬ、親も無い子供だというではないか。少しは哀れにもなるというもの。刃物を持っていたのも、親の墓前に供える花が欲しかったからだとも聞いておる。わらわはそのような孝行娘を罰することはできぬ、が……刃物を持ってわらわの前に出たことは、改めさせねばならぬ。よって」


 そこで、和桜国女王・樹乃花姫は豪奢な王錫をだんっ!! っと床に叩きつけた。


「その娘の身柄は、宮廷魔術師主席・紫乃宮しのみや圭人けいとの預かりとし、教育の一切を任せるものとする。圭人、あの娘をどこに出しても恥ずかしくないレディに育ててみせよ」


「……は?」


「宮廷魔術師主席どのの預かりか……」

「ふむぅ……留学歴もあり、外国の文化にも明るい圭人どのであれば……」

「わしじゃなくて良かった……」


 いやまて、貴族のおっさんども、そこは自分じゃなくてほっとするところじゃないだろうが。

 何が『この国の誰もが恐れる魔術師の預かりなら、手出しは出来ないだろう』だ!

 そう圭人は叫び出したい衝動に駆られた、が――


「……圭人どの、お返事はどうしました?」

 にっこりと愛らしく微笑む女王。

 そんな和桜国の女王陛下に仕える紫乃宮伯爵家当主・圭人は――


「……かしこまり、ました……」


 その命令を、粛々と受け入れる以外ないのだった――




「それはようございましたわ。圭人どの、近う寄りなさい」

 女王・樹乃花姫に王錫でもって手招きされれば、圭人に拒むことは出来ない。

 言われたとおり側によると――

「いきなりこんな妙なことを命じてしまい、申し訳なく思います、圭人」

「女王陛下……」

「でもわかって、あの女の子を私が救うには、こういう大袈裟な形にしかできなかったのです」

「……それは、わかっております」

 その返事を聞いて樹乃花姫は、名前の通り、花のように儚く微笑んだ。


「あぁ。本当……なんでもできるはずなのに、不自由な身分ですわ、女王って」




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