騒動
「列車に乗って移動しながらでも温かいお茶を飲めるなんて、本当によき時代になったものですね。さあ、真希子もおあがりなさいな」
「はい、陛下! 真希子もありがたくお茶をいただきますわ!!」
めったにない遠出で上機嫌の陛下の相手は真希子に任せ、同じ車両で圭人は優太と警備の最終確認をしていた。
といっても、
実に平和で快適なお召し列車での遠出と、地方視察という名目の桜の名所でのお花見とを女王陛下に楽しんでいただく。そしてまた明日から執務に励む活力を養っていただくというのが、今回の大きな目的と言ってもいい。
「さぁ、圭人も優太もそのぐらいにしてお茶にいたしましょうよ、茶菓子もありますわよ」
「はーい!」
「はい」
用意されていた茶菓子は、いちご大福だった。
圭人はそのあんこといちごの織りなす甘酸っぱい味わいを思い、思わず頬をゆるませそうになる。
「お前さー、顔に似合わず甘いもの好きだよな」
「悪いか、優太」
「悪くはないけどさー」
「いたしかたありませんわ、主席様。いちご大福はまさに
「うふふ、まだいちご大福はたくさんありますからね」
「陛下、私は、その、別に……」
「たくさんありますから、ね?」
「はい……」
そうして列車に揺られることしばし、ようやく目的地の地方都市に到着した。
民衆の盛大な出迎えを受けながら、女王一行は今度は用意されていた馬車でこの地域の桜の名所まで移動となった。
「穢土の頃の城跡が、今や桜の名所の公園となって、そして女王であるわらわが訪れることになるというのもまた、皮肉なものですね」
女王は圭人と優太ぐらいにしか聞こえない声で、そう自嘲気味に呟く。
桜公園は、その名の通りそれはそれは見事な桜を咲かせていた。
城跡公園であるそこは、穢土の時代の名残である苔むした石垣がそこここにあり、曲がりくねった道をしている。そしてその道の両脇には、桜の樹が並ぶ。
風が吹くとひらりひらりと桜の花びらの雨が降り注ぎ、女王は年相応の小さく可愛らしい歓声をあげた。
美しい少女王の愛らしいその様子に、すこし遠くで見ている野次馬の民衆たちは、ほぅっとため息をついているようだった。
「女王陛下、昼餐の準備が出来たようです。少し遅くなってしまいましたが……」
「あら、よいのですよ。わらわは列車の中でお茶とお菓子をいただきましたから、まだあまりお腹が減っていなくて。ですから昼餐の準備にあたったものを罰することはないようにお願いしますね」
優太と女王陛下がそんな会話をしていたときだ。
野次馬のなかの、中年女性が一人悲鳴を上げたのだ。
「きゃあああああああああああっ……!!」
「!?」
「こいつ、武器を持っているよ!」
「なんだって!?」
「どこだ、どこにいる!?」
「畜生、どこだネズミどもが!!」
「武装した連中がいるよ!」
「女王陛下が狙いだ!」
「助けて!!」
「誰か、女王陛下をお護りいたせ!!」
「きゃああああああああああああああああああああああああああ! 助けて、助けてよ!!」
中年女の一言から、あっという間に場は大混乱。
近衛たちもどうしていいのかと右往左往し、優太もそれを落ち着かせるのに必死だ。
女王陛下は、真希子たち圭人の部下らが護っている。
「ちっ……」
圭人は
攻撃の魔法は論外だ、眠りの魔法や麻痺の魔法を対象拡大して、武装した連中とやらを野次馬もろとも眠らせるか――いや、それは野次馬たちを危険にさらすだろう、だがしかし――
そんな圭人のごく短い思考は、少女のものらしき声で破られた。
「あの!! 違うんです!! 私…………」
野次馬の人垣が割れた。
現れたのは……とてもみすぼらしいなりをした、一人の小娘。
その手には、小娘の身なりに不釣り合いな、よく手入れされているらしい抜身の小刀と……満開のみごとな桜の枝。
「私、ただ、桜の枝がほしくて、ここに来て、それで、女王様が来てるって……聞いて……どうしてもお姿を見たくて……それがこんな、こんな騒ぎになる、なんて……思って、なくて…………」
たどたどしく不器用に説明しながら、小娘は泣きじゃくった。
小刀は、ただ桜の枝を切るために用いたようで、うっかり抜き身のまま野次馬に合流し、それで武装しているなどと騒ぎ立てられてしまったのだろう。
「やれやれ……大山鳴動して小娘一匹、か」
圭人はまだ泣いているそのみすぼらしい小娘の腕を引っ掴んで、ため息混じりにそう呟く。
その腕は――恐らくはろくなものを食べていないのだろう、とても……細かった。
「ひっ…………!」
「我らに同行してもらおうか。お前は、この騒動の責めを負わなくてはいけない。……近衛兵、縄をかけろ」
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