ハルカの秘密
「ふぁぁあぁぁ〜〜っ………。……ん、明るい……はっ!?」
起き上がって周りを見渡すと、そこは家のリビングだった。
「あれ、俺、なんでここで寝て……あっ」
……正直、思い出したくは無かった。テスト前に自分の勉強不足を痛感する時のように、無理矢理にでも現実に戻されるこの感覚は、俺は全く好きじゃない。
(てことは、まだハルカは俺の部屋で寝てるのかな)
まあでも、ハルカは別にいっか……。
………ん?待てよ?
(ハルカって、学校通ってるのか?そもそも歳は?)
今更考えると、一緒にお風呂に入り(事故)、着替えを目の前で見(させられ)て、彼女の持つ禁装で我が身を守られてるのに、もっとも基本的な事を知らない。
(ま、こういう所日本人らしいっちゃ、らしいか)
日本人は広く浅くが根底にある民族だ。人例えば付き合いなら、沢山の友達を作りたがったり、果てはコミュニティに属している数が多いほど優位に立てるという暗黙の謎ルールが存在する。そんな中、時として、多少仲良くなっていても、深く入り込んだ瞬間、交友関係が終わるどころの話ではなくなる。
(だから女子って、嫌なんだよな)
これは俺の個人的な偏見であるし、嫌というよりは苦手、の方が近しいのかも知れない。もっとも、その苦手なモノがなんとお泊まりしている訳だが、そこはまあ別ということで。
「さて、と」
学校に行かなくちゃ、な。
そう決意して、ようやく思い体を動かした俺は、顔を洗い、着替えて、朝ご飯を作る。
昨日買ったばかりの新鮮な卵を、フライパンにそっと落とすと、ガチャリ、とリビングのドアが開いた。
「おはよ、宗一」
「……おはよう」
その瞬間、部屋中に目玉焼きの焼ける香ばしい匂いと、ジュワワワぁっという音が、充満した。
………。
瞬間、俺は昨日の出来事を思い出す。
((き、気まずい………!))
目玉焼きが焦げそうになり、慌てて皿に盛り付ける。そのせいか、沈黙はものの数秒で破られた。
「と、取り敢えず飯、食うか?」
「……うん、頂いていい?」
「それじゃあ、適当に座って」
「ありがと」
そう言って、ちょこんと椅子に座るハルカは、昨日と違って、どこかしおらしかった。
「「いただきます」」
かちゃ、かちゃと食器と箸が当たる音が、静寂に包まれたリビングに響き渡る。
その静まり返った部屋で、再び訪れていた沈黙を破ったのは俺だった。
「その、ハルカって学校、あるのか?」
「………」
……俺って言葉を選ぶのが極端に下手な気がする。早速ハルカが押し黙っちゃったじゃん!!
しかし、ハルカは静かに呼吸を整えると、透明な琥珀色の瞳で俺を見据えて、言った。
「行く必要が、ないの」
「必要が、ない」
「そう。あと……、そうだ、年齢は宗一と同じ」
「……」
俺と同い年、つまり15か16歳か。まだ見た目少女のハルカは、これから成長するのであろう、年相応の平均に色々なものが足りていなかった。
「……わたしのことはいいから、早く食べないと学校に遅刻するよ?」
「……ああっ!!」
時刻はもう8時をとうに超えていた。学校までは自転車で20分、ホームルームは8時半から始まる。本当にギリギリだ。
そこからは、元々支度はほとんど出来ていたので、音速で靴を履いて玄関の鍵を………。
「ハルカ、学校来るの?」
「勿論。いつ何時襲ってくるか、分からないからね」
「え、でも……。ハルカはどう見ても生徒じゃないし、そもそもこんな平日に私服で学校周りをうろついていたら、それこそ不審者だ」
「あー、そういうこと」
「え?」
「いや、実際みた方が早いかも。道すがら、話そっか」
「……」
結局、流れに押し切られ、ハルカは学校までついてくることになった。
「そういえば、さっきの『道すがら話す』って、一体」
「……ここならまあいっか。そう、今から起こることは、口外禁止。それと、驚くとは思うけど、叫び声とかあげるのも禁止。わかった?」
驚く……?ドッキリでもするのだろうか。
「わかった」
「ん」
そう軽く返事をしたいろはは、そのままもうすぐすれ違うサラリーマンに向かって、何のためらいもなく拳を振りかぶった。
え!?ちょっとハルカ!?
そう叫びそうになったが、目の前で起こった出来事が余りにも衝撃的で、俺は言葉を見失ってしまった。
なんと、いろはの手だけでなく、全身が〈サラリーマンの体を通り抜けた〉のだ。
「ど、どういう、ことだ……!?」
こちらを向いて立ち尽くすいろはに、俺はただ呆然としていた。
「…これが、わたしの力。私自身に与えられた、禁装の副作用。耐性があったり、〈余程の特例〉でもない限り、わたしを視覚すること、会話は勿論、第六感による感知すら不可能。完全に、存在が消失する」
「………」
存在が、消失する……!?じゃあ、何故僕はハルカの事を認知することが出来ている?
「それは特例だからだよ」
完全に、俺の心を見透かしたように、ハルカは続ける。
「貴方は、気付いていないだけで、とても危険なものを内に秘めてる。こんな所じゃ、とても話せないけど、ただ一つ言えるのは、それが〈今の〉フェティスにとっては喉から手が出てたとえ死のうとも欲しいもの」
「死んでも、欲しい……」
「……残念だけど時間。わたしは学校をうろちょろして見張ってるから、貴方は真面目に授業を受けること。帰りは校門で待ってるから。いい?」
「あ、ああ……」
「ほら、いく!」
「うぉっとと、……じゃあ……あれ」
そう言って背中を押した彼女は、いつの間にか何処かへ消えていた。
「おっす宗一」
「おはよ、海斗」
相変わらず、くせっ毛が良い感じに彼の個性を引き立たせているな、と感じる。彼、大島海斗はそういう奴だ。俺とは違い、ザ・青春!って感じのオーラが出まくりなのだ。
「おー揃ってるね」
続くように来たのはシイタケこと柳下圭也。イケメンに程よく近しいイケメンだからぶっ飛ばしたくなる。すらっとした風貌に七三分けの髪の彼は、実はかなりのオタクであるが、それを知る者は少ない。
「おっす、シイタケ。あれ、今日は早いな?」
「早起きは三文の得らしいからね。だからこつこつ貯めて、いずれは億万長者になるのさ」
「三文って今でいう100円もないらしいぜ?」
海斗が冗談混じりに言う。
「100円ならうまか棒が10本買える」
しかし、シイタケはそれを真面目に捉えたようだった。
「ははは、さてはお前金欠だな?」
「おう、当たりだ宗一。おかげで『俺芋』の新刊が買えない」
顔は笑顔だが、無茶苦茶悲しみに溢れたオーラ全開である。だが、シイタケはの金欠地獄は見飽きる程見ているので、俺らはもう慣れてしまっている。
「俺持ってるし、貸そうか?」
「いや、自分で買うことで、作者への応援をしなければならない。一ファンとして、これはとても重要だ」
俺芋とは、『俺の芋子がこんなに可愛い筈がない』と言う、大手レーベルから発売されている大人気ライトノベル。主人公は、今まで見向きすらしていなかった芋子というヒロインを、ひょんなことから意識するようになり、そこからの二人の関係の進展を描く、ラブコメディだ。
彼には彼なりのプライドがあるので、それを無理に捻じ曲げるような事はするべきじゃない。そう思った俺は、素直に引き下がる。
そこで、ホームルームを知らせる鐘が鳴り響く。
「おっと、時間だ」
「げ、タンザニアの課題一枚終わってなかった!急いでやらないと…」
鞄から荷物を取り出しながら、海斗がボヤく。
「ほれみろ、人の不幸を哀れんだから自分にもツケが回って来るんだ」
「言ってろ」
終わらせている強者の余裕をチラつかせながら(因みに終わっているのが普通)、シイタケは自分の席へと去っていった。
シイタケは前から2番目の席。対して俺と海斗は、後ろから2番目と3番目だった。因みに、一列6席。シイタケと海斗の間は、僅か1席。世界は狭いのだ。
「はーい、席ついてるなー。欠席は……今日も宇治は休みか」
……晴也か。そういや、最近学校では見かけない。
「宇治、どうしたか聞いてる?タッちゃん」
手を上げながらそういったのは、クラス最前列、カースト上位のチャラ男、平塚悠飛。校則が緩い方と有名なウチの学校で、本当に引っかかるスレスレのレベルの男。片耳ピアス、髪染め、学校の指定制服を改造したりと、やりたい放題な奴である。
しかし、俺の記憶では、アイツは晴也と特段仲が良かったわけでもないと思っているのだが……。
「平塚、教師をタッちゃんと呼ぶなタッちゃんと。そうだな、宇治は今、少し立て込んでいるらしい。何でも、彼の母親が重い病気だとかな」
タッちゃんこと峰達明は、平塚の質問に適当に返す。
「看病ってことか、成る程成る程」
平塚は、その風貌とは裏腹に、割と誠実な所はある。チャラいのが全てを台無しにしている事を彼は気づいているのだろうか。
「連絡は…特にないな。次一限の用意しとけよー」
そう言ってタッちゃんが教室を出て行くと、海斗がこちらに振り向いてきた。
「宗一。答え照らし合わせたいからタンザニアの課題見してくれ」
「おう、わかった」
そう言って、俺は海斗にプリントを渡す。
タンザニアは、この学校の鬼畜英語教師。授業毎に両面刷りA3の課題プリントが5枚出され、さらに中の問題がやたら難しい。ちなみに本名は富田克(とみたかつ)。とみた、とみタンザニア、タンザニアとなった。らしい。平塚が此間大声で話していた。タンザニア全く関係ない気がする。
「サンキュー」
「おうよ」
答えの照らし合わせをさっと終わらせた海斗が、プリントを手渡してくる。
「あっぶね、タンザニア来た」
「間一髪だな。てかはやっ」
そして、一時間目、英語の授業が始まった。
~~~~
「ふぃー、終わった終わった。宗一、俺今日夕飯無いから、どっかで一緒に食べないか?」
「分かった。どこにする?」
「駅前に出来たラーメン屋にしよう。中々美味いらしい」
「おっ、楽しみだなそりゃ」
「自転車取りに行ってから、そのまま駅の方向に向かって行けば店に着く」
「成る程、まあ分からないしついてくよ」
「おっしゃ、飛ばすぞっ!」
「えー!?ちょっと待ってよ海斗!」
もう桜は大分散って、俺たちは緑に姿を変えた木たちの合間を縫って走る。吹き抜ける風の心地良さとは裏腹に、俺は何か大事な事を忘れている気がした。
最弱の禁装少女ハルカ 風舞人 @kazemaito_1208
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