2 闇堕ち蚊取り線香
「うわぁ、いたいですー!」
「えっごめんなさい……じゃなくて。誰だお前!」
つい謝ってしまったが、精神を整えると落ち着いてその『何か』を凝視する。
「は?」
それを見て、すっかり緊張感と恐怖感がすっ飛んでいってしまった。
そして俺がそんな疑問文を発してしまったのも無理はない。泥棒であればもっと真っ黒なスパイ着を着ていてもおかしくはないはずなのだが……そんな想像とは相反してまったく違う。
眼の前にいた『泥棒さん?』が、異世界ファンタジーに出てきそうな、あまりに奇抜な衣装を纏った銀髪美少女だったからだ。見た目からして同い年くらいだと思われる。
ちなみに美少女、というのは俺の独自の感想だ。素直に、妹の次にかわいいと言っても過言ではあるまい。
しかしその画の強い服装を見るからに泥棒ではなさそうだが、頭が痛くなりそうなので今は泥棒ということで処理しておこう。
そんな泥棒銀髪美少女は涙目で赤くなった額をさすりながら言う。
「あぁこんにちは。私、異世界案内人のリーンと申します。いててて」
予想もつかぬ奇想天外な回答を炸裂させながら女の子はぺこりと頭を下げる。意味が分からない。漢字二文字でこの状況を表すとすればそれは『唖然』。
「…………。見え見えの嘘はいいです。泥棒ですよね?」
「えっ泥棒? 違います違います。私は異世界案内人で――」
女の子は慌ててそれを否定した。が、そんなとってつけたような雑な設定が俺の前で通るはずもなく、
「すいませーん。誰か助けてー変な人が家にー」
「待って、話を聞いてくださいぃ! あと変な人じゃないですから!」
窓を開けて道を歩く人に助けを求めるも、イセカイアンナイニンのリーンというやはり明らかに変な人にすがりつかれる。
「はいはいわかったよ。で、話って?」
溜息をしながらわざとらしく、かつ、めんどくさそうな顔をして言ってやった。
対してリーンは額に、常備していたのか絆創膏を貼るとまじめな顔をして俺を見つめるのだ。そしてその表情は現状のまま変わらず、
「箕島和斗さん、勇者になってください」
そう、きっぱりと真剣な顔をして言った。しかもどこで情報を入手したのかは知らないが本名まで知られていたので、俺は明らかに動揺した表情を浮かべる。
熱い視線を向けられ、俺の答えはというと、
「すいませーん。誰か助けてー二次元と三次元が区別できていない変な人が家にー」
窓を開けて少々声を張り上げて外界へ放つ。もちろんこうだ。勇者? 馬鹿か、と。この女の子はアニメや漫画やライトノベルを読みすぎているんだきっと。
「信じてくださいよぉっ!」
「いやむしろ信じられるわけがないだろ異世界案内人のリーンさん?」
立つことさえも面倒になり始め、俺は勉強机に備え付けのチェアにもたれる。
「い、今私をバカにしましたね! ふん、私はれっきとした異世界案内人なんですから!」
リーンとやらは俺の方へ振り返ると、胸を張って言い放った。
「じゃあその異世界案内人とは何か言ってみろ」
どうせとってつけた内容だ。言い返すのは無理だろう。慌てふためく顔が目に浮かぶ。
退屈な時間を少しでも凌ぐために、机の上に置いてあったシャープペンシルをクルクルと回す。そんなことをしながら俺はおまけに頬杖をセットでつけて、俺は勝ち誇ったような表情でリーンを見つめる。
「はい、わかりました。少しばかり長くなりますが聞きたいとおっしゃるのなら」
「……?」
ワックスで固められているんじゃないかと思うほど、びくともしないリーンの眉毛が「嘘ではない」と物語っているようだった。
その凄みのある表情に押し負けた俺はシャープペンシルを回すのをやめ、思いがけず本日二度目の動揺で満ちた表情をリーンに向ける。
「ではこれをご覧ください」
リーンが指をパチッと鳴らす。しかし何も起こらない。
「おいおい驚かせんなよ。何も出てこないじゃないか」
「……和斗さんの後ろですよ」
リーンが俺の頭、それより後ろを指さした。ねぇリーンさん、怪談をしているわけじゃないんだからさ……。
俺はほんのちょーっとだけ臆病風に吹かれながら、錆びだらけの機械みたいに後ろを振り向く。
「俺の後ろにあるのは壁だけだ――ぜ」
一瞬開いた口が塞がらなかったが、なんとか語尾までは言えたようだ。
壁はアニメのポスターが貼って……あったはずなのに消滅し、その代わり禍々しい摩訶不思議なエネルギー体が、今にも何かを吸い込もうと言わんばかりの勢いでグルグル回っていた。
蚊取り線香が闇堕ちしたらこんな感じになるのだろうか。絶対ならないと思うけど。
な、なんだそういうことかー。ポスターが闇落ち蚊取り線香に変身しただけかー。ははーん、こんなんで俺を驚かせようったって無駄だ――ってはい⁉
「な、な、なぁぁぁぁっ!」
その現実離れした何かから逃げ、即座にリーンの背後に隠れた。
指をさして、顎が飛んでいきそうなくらいに叫ぶ。というかそれくらいしか俺にできることはなかった。
「和斗さん肩がぁぁぁっ! 肩がいたぁいっですって!」
「……あ、ごめん。じゃなくて、なんだこれ⁉」
リーンの肩をつかんでいたら、怖さゆえ手に力を入れてしまったらしい。ちなみに運動は全くしないが、握力にも自信はある。
「うぅ……空間転移魔法ですよぉ」
涙目で肩を押さえるリーンの口から、とんでもない言葉が耳に入ってきた。
「はぁ、そんなのこの世界にあるわけねーだろ!」
俺はまた椅子にもたれると、ため息をついて吐き捨てる。
当たり前だ。そんなものはマンガだから許されることであって、現実にあるわけがない。というかそんなものがこの世界に存在しているのなら、もう公共交通機関なんていらないじゃないか!
空を見てみればやっぱり飛行機は飛んでいるし、道路では自動車が走っていた。そんなの普通のことなんだけど。
「確かにこの世界の文化レベル程度ではこんなものを作ることはできません。しかし我ら異世界案内人であればそれは可能です」
どうやら肩の痛みは引いたみたいで、リーンは正座をしながら自慢げに話す。相変わらず壁に開いたブラックホールみたいな穴はグルグル回っていた。
「だからそれが信じられないんだって……」
なんか話が最初に戻ってしまったような気がする。異世界案内人。勇者。ブラックホールみたいなもの。……俺熱でもあるのかな。美波に看病してもらおう、うへへ。
「なんで和斗さんそんな気持ち悪い顔してるんですか?」
「気持ち悪い顔とは失礼な!」
「いやだってよだれ出てますし……」
リーンが本当に嫌そうな顔をしている。まじだ。この顔まじなやつだ。
「……おっとわりぃ。ちょっと妹のことを考えてて」
口の脇から出ていたよだれを袖で拭いた。
リーンからの返答は瞬間的だった。間、髪を入れずとはまさにこのことだろう。
「この世界、というか日本には警察という有能な機関があるらしいです。今のあなたにおすすめのパワースポットだと思いますよ」
むしろ生きるパワーが抜かれてしまうわ。
嘘はつかずに本当のことを話したのに、今度は冷めた笑顔で見られてしまった。あれ、この子こういう子だっけ。
「そんなことしたら俺は勇者とやらになれないが、いいのか?」
まだ信じたわけではないけど前科持ちの勇者なんて見たことないぞ。いやでもライトノベルとかに出て来る勇者たちは異世界で大量のモンスターを殺してるわけだし、日本の法律だったらすぐに動物保護法違反とかで罰されそうだな。
「はっ、それは困ります」
ようやくもとに戻ったのか、口に手を当てて黙り込む。やっぱりこういう子だった。
俺は胸をなでおろす。
「お前バカだな」
「バカじゃないです! 私は異世界案内人っていう超エリートなんですから!」
超エリート、ねぇ。どこから見てもコスプレイヤーなんですが。
リーンが沸騰したお湯みたいにプンプン怒る。
「で、その異世界案内人ってのは結局何なんだ?」
結構最初の方から疑問だったけど、リーンの役職であるその意味はよくわかっていなかった。一応その設定も聞いておこう。……面白そうだから。
「まんまですよ。異世界を案内する仕事です」
ボキャブラリーが貧困すぎるリーンには感服だよ。
「お前、本当にエリートなのか? 見た目も頭もダメダメじゃないか」
「それ以外の説明のしようがないんですよ!」
いや、俺はそれと似たようなもの知っているんだけど。
「あーと、推測するに『派遣会社』みたいなものか?」
「そうですそうですそうなんですよそれが言いたかったんです。そしてそこで私は『勇者派遣』の担当をしているんです」
バリバリの派遣会社じゃないか。なんてゆるゆるすぎる設定集なんだ。
「説明のしようがあったじゃないか」
「……そこは認めます。そ、れ、で! 和斗さんにはぜひとも勇者になってほしいんです!」
「ほんと支離滅裂だなぁ。大体なんだって俺を勇者にしたがるんだよ……」
もっとさぁ、こういうのは軽く人生諦めてるやつとか不登校のやつがなるんじゃないの? おままごとの役割間違ってるんじゃないのか?
「そりゃあ――」
「そりゃあ?」
勇者な兄と妹な魔王《ゆーけーままいっ!》 小林歩夢 @kobayakawairon
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