勇者な兄と妹な魔王《ゆーけーままいっ!》
小林歩夢
1 世界自然遺産認定妹
俺の妹はかわいい。めちゃくちゃかわいい。世界一……いや銀河一かわいい。
兄の俺を除いて、一般の男子なら絶対に一目ぼれするんじゃないかと思うほどにかわいい。
多分世界三大美人の誰よりも、国民的アイドルのセンターの子よりも、アニメに登場する二次元キャラクターよりもかわいい。
と、昼食の際に相席に座る天使な我が妹――美波を見ると、そう思わずにはいられない。
切りそろえられた前髪とストレートのハーフロングが特徴的で、髪色は清潔感の漂う烏の黒羽色。それに相反する乳白色に透き通った肌は、毛穴など見つけることさえ困難で、しかも埋もれてしまいたいと感じるくらいに柔らかそうだ。そしてそのきれいな肌の上に乗っているのは、ぱっちりと開いた宝石のような瞳とフランス人形を思わせる長い睫毛と眉毛。日本人らしいあまり高くない鼻と、その下に置かれた薄紅色の艶のある唇。性格面においては言葉遣いは少々荒っぽいがまたそれが愛らしく……。
「……兄ちゃん?」
「ん……んあっ! あぁ悪い悪い」
鼓膜を癒す、心地の良いソプラノボイスが俺の脳を強制的に起こさせた。そしてその瞬間我に返る。
「どしたのあたしの顔ずっと見たりして。あ、好きになっちゃったとか?」
美波は俺の作った『まごころいっぱいハンバーグ』の最後の一切れを食べ終わると、頬杖をしながら俺をにんまりと見つめる。
どうやら知らないうちに美波の顔を凝視していたらしい。あー怖い。美波の魅力に取り込まれて意識が飛んでしまうところだった。
これは完全に生物兵器だ。血のつながりさえなければ多分軽く400回は死ぬと思う。死因はきっとズキュン死。
「はいはい好きです大好きです超好きです地球が滅んでもアイラブユー」
しかし棒読みで返答する。本当であればもっと愛を叫んでもいいくらいなのだが、どこかで『あまりにしつこい男は嫌われる』という言葉を聞いたような気がしたのでそれに倣って冷めた感じで自重する。
ちなみにこの流れになると俺はいつもこんな感じに装っている。伝わらない愛というのはつらい。
いわゆる俺はツンデレちゃんなのかもしれない。
「全然心がこもってなーい。全然ダメー」
「兄妹だからな。アニメやマンガじゃあるまいし。ないないありえない」
そこはしっかりとわきまえている。恋愛対象ではなく、……家族愛対象と言えばいいのだろうか。愛はあるけれど、それは決して「ドキドキする」とかそんなものではない。
「じゃあ義妹だったらいいの?」
美波はからかい上手らしく、頬杖をやめて身を乗り出した。
「いや美波は絶対に俺の父さん母さんから生まれてるから安心しろ」
俺はそれを証明できるものへと目を向ける。そこにあるのは壁。しかしその壁一面には金銀銅に広がる、まるで異次元のワールド。
メダルだ。特にオリンピックのメダルが大多数。
俺と美波の父母は元オリンピック選手なのだ。競技は柔道。数十年前のオリンピックで夫婦共に金メダルを取るなど、当時かなりメディアを騒がせた人たちらしい。ちなみに『らしい』と言ったのは、俺がまだ生まれていない頃の話だからだ。新聞の切り取りや、過去のオリンピックの記録を見るくらい。今は代表監督とやらで海外に遠征に行ってしまっている。
だから今は兄妹仲良く二人暮らし、というわけ。
そんな超人家庭の間に生を受けたのが俺と美波なのだ。
美波は親のあとを継ぎ、柔道の全国大会優勝という快挙を成し遂げた。柔道界でも『期待のニューホープ』などと言われるくらいの将来有望株らしい。
対して俺はというと、大の運動嫌いで柔道も中学に入る前に辞めてしまった。特に運動ができないというわけでもなく、むしろ自信はあるのだが、どうしても運動という行為が体に合わない。
そんなことをするんだったら家でアニメ見たりゲームしたい、とか思っちゃう典型的なオタク系ニート廃人さんなのである。分類はきっと将来失望株。
「だよねー。さすがにまだ義妹に路線変更できないかぁー」
美波も俺と同じくメダル軍を見るとあきらめたように朗笑した。
「大丈夫だ。これからも途中でチェンジ! とかできないから。そんな簡単なもんじゃないから。できるとしたらそれは来世のお話な」
俺は再度美波のからかいに軽くツッコミを入れた。ついでに言ってしまうと俺は美波の誕生に立ち会っているから、もうその時点で本妹確定なんだけど。
「あー残念。あたしは他の誰よりも兄ちゃんが一番好きだからなー」
美波は純朴な満面の笑みをにっこりと浮かべると、兄の俺にとってこれ以上ないだろう喜びの言葉を言ってくれる。かわいい。よだれ出そう。父さん……父親って最高ですね。
現在俺はあきれたような外面をしているが、内面といえばそれはもうカーニヴァル。
「美波、彼氏とかいるんじゃないの? もう中二だし、美波レベルの子だったらモテモテだろ?」
ぐへへと心の中で気持ち悪い顔をしながら、俺は内面の落ち着きをなんとか取り戻した。
「まぁモッテモテのモテ子さんだけどねー。でも兄ちゃんよりイケメンで兄ちゃんより頭良くて兄ちゃんより運動出来て兄ちゃんより性格が良くないとなー」
そのスペックを持った人間は全世界に半分以上いるぞ、と忠言しておこうと思ったのだが、べた褒めされて気分が最高潮に達していたのでやめておいた。
世界遺産に匹敵するような屈託のない美波の笑顔。……この笑顔、守りたい。
うん、是非ともユネスコは我が家に調査に来るべきだ。
「とりあえず、ありがとうって言っとくよ」
俺は口角を少々緩ませる。
「うん! それじゃあたし勉強しなきゃいけないから先戻るねー。ごちそうさまー」
「あーと食器は水につけておいてくれ」
「あーい」
美波は台所に行って言われた通り食器を水につけると、そそくさとリビングの隣にある自分の部屋に戻っていった。
……あれ、美波って勉強とかする子だったかな? まだ休日の真昼間だっていうのに、おかしいなぁ。でも勉強するにこしたことはないか。
さてさて、片付けたら俺も部屋に戻ってアニメでも見ますかねー。
俺はいつも通り二人の食卓分の食器を洗っていく。
基本的に家事は俺の仕事だ。美波と分担することは絶対にない、というかさせてあげない。
なぜなら存在しているだけでいいからだ。俺はその唯一神を毎日崇めることができる。本来はお賽銭を投げてもよいくらいなのだから、これくらいは奉仕させてほしい。
俺は慣れた手つきでちゃっちゃと終わらせてしまうと、二階にある自分の部屋に戻る。
階段を上り終わり、部屋の前。ドアノブを触れたその瞬間。
「ん……なんだ?」
何か違和感を覚えた。この家には美波と俺しかいないのだが、部屋の内に誰かがいるような気配を感じたのだ。何? 泥棒? いやここ2階だからそれは無いか……、だとしたら迷い猫とか?
俺はそのままドアノブの音を鳴らさないようにそっと手を離すと、恐る恐るドアに耳を貼り付ける。
何やらもぞもぞと聞こえてくる。
俺は体の全神経を耳に集中させる。だからその正体が何かを理解した瞬間、ぞわっと背筋に冷や水が走った。
「はぁー、もしもし? 今、到着しましたぁ……」
人間の女の子の声がした。例えるならばおてんば娘のような声色の持ち主。息が切れているようだ。「ニャンニャン」であれば良かったのだが、正解は高度な言語能力を持った人間だった。
いや待て、これが幻聴という可能性だって無きにしも非ずだ。そうだきっとそうなんだ。ここは二階。あれは猫。しゃべれる猫。高度な言語能力を持った猫。……やっぱむりだぁー。
残念なことに俺の常識の範疇では、流暢に言葉を話せる猫型ロボットはこの世に存在していない。
以下の理由から、こいつの正体は、あれだ。巷で言うところの『こそどろ』ってやつだ。
どうする俺。逃げるか?
いやしかし、もしかしたらこいつは俺の部屋を物色したあとで美波の部屋に行くかもしれない。そこで美波に見つかったりして、こいつが居直り強盗にでもなったらどうする?
……当然美波は驚き、こいつに襲いかかるだろう。それも無我夢中で。
こそどろの命が危ない。その前に救助しなければ。
俺が――成敗してやる。しゃべる猫だったら一番うれしいけどな。……オリンピック選手の血筋なめんなぁぁぁっ!
「おりゃぁっ!」
「いだぁっ!」
少し助走をつけて、思い切りドアを蹴飛ばした。
ドアは分度器みたいにぐるりと一八〇度回転……しなかった。普通部屋側のドアノブが壁に当たるのだが、なぜか一二〇度辺りで跳ね返ってきてしまった。はて。何かがドアとぶつかったような気が……否認します。
目の前に広がるのは何の変哲もない俺の部屋。
ほらな、女の子なんていなかったしドアから「ガスッ」なんて音はしなかったし、同時に「いだぁっ!」なんて声も微塵も聞こえなかった。……聞こえなかった。
うそ、聞こえた。めちゃくちゃ聞こえた。
ドアの裏側にいるはずの声の主の方向を恐る恐る覗くと……頭を抱えてとにかく悶える何かがいた。
「うわぁ、いたいですー!」
だなんて言いながら。
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