紙の物語
朝凪 凜
第1話
これはある紙の物語。
「俺さ、上級印刷紙とか言われてるけど、あんまり良いことないんだぜ? 教科書で使われてる良い紙なのに、みんな俺に落書きばっかりするんだもん」
上級印刷紙のジョウちゃん。上質な白紙で教科書など使われるノンコート紙。
「自分もそうだよ。インディアペーパーなんて薄すぎてめくり辛いとか言われる」
インディアペーパーのインディちゃん。辞書などで使われる用紙です。
「僕なんて、そもそもメインじゃ無いんです。おまけみたいなもんですよ」
カーボン紙のカボちゃん。転写用紙として下の紙に裏写りさせる用紙のこと。領収書や複写書類を作るのに使われます。
「似てる似てる。ウチなんかもポケットに突っ込んでおいて、後で読めなくなったとか言われる」
感熱紙のカンちゃん。熱で色が変わる用紙で、時間経過で紙が黒ずんでいきます。レシートなど、インクが不要なハンディ機に使用されます。
「みんな似たような問題抱えてるんだなぁ。自分はジョウちゃんのことは尊敬してるよ。手触りも良いし、コート紙みたいな光沢もあるし、丈夫だし」
「コート紙みたいってのはな。別名イミテーションコート紙とも言われてるからな。コート紙の偽物ってことだぜ?」
インディちゃんが地雷を踏んでしまったようです。
「それに、インディちゃんだって、あの分厚い辞書をできるだけ厚くしないように極力薄く、それでいて裏写りしないすごいいい紙じゃないか」
「でも一ページめくるのって結構慣れが必要なんだよ。しかも薄いから結構破れたりするし」
「良いところで言ったらカンちゃんなんか良いですよ。レシートの文字が書いてある方で爪を磨くと綺麗になるんですよ。実用的じゃないですか」
「それ、紙として使ってくれとらんやんか。もっと用紙としての本質を見てほしいわ」
「まあ、俺らじゃあ無理だよなぁ……」
「ジョウちゃんは生まれ変わったら何になりたいの?」
「そりゃあアート紙だよ。ピッカピカだぜ」
「でも僕らが生まれ変われるとしても
更紙は雑誌などで使われる紙。わら半紙も同じ分類に含まれます。
「更紙かぁー! 絹になれば
更紗は紋様染めの絹織物などのことです。
「一字違いで大違いやな」
「カボちゃんも、せっかくのカーボンをもうちょっとアピールしてみなよ!」
「カーボンって英語でカッコよく言ってみたところで、自分はただの炭素。炭ですよ、炭」
「でもあれだろ? カーボンファイバーとかも炭素だろ?」
「カーボンファイバーというのはですね、アクリル繊維とかを炭化して作った繊維なんです。元々が炭の自分とは雲泥の差なんですよ」
みんな自分と似たものについてはよく知っているようです。今までも同じようなことを百万回は言われてきたことでしょう。
「あー、腹減った! 飯無い? 飯。
「ほんならパルプでもどうです?
三人とも可哀想な目でカンちゃんを見つめるものの、本人はまるで意に介していない。
「でも生まれ変われるとかで思い出したけど、パルプから作っていない紙もあるらしいじゃん」
「あぁ、ライメックスっていう商品名ですね。石灰石から作ったという」
「へぇ、石から出来るんだ。もう紙作り放題だ」
「作り方は企業秘密らしいから誰も知らないらしいですが」
「でもそうしたらこうして古紙が減っていくんじゃないかな。古紙って手触りもよく無いし、色も黒ずんでいくしで良いことないもんね。良いことじゃない」
「ライメックスがリサイクル紙の代わりになるように虎視眈々と狙っている、というわけやんな」
「…………」
毎度突っ込まないのは情けのようです。むしろ、突っ込んでしまったら負けということでしょうか。
「なにはともあれ、今後は我々も使われなくなってくるのでしょう。カーボン紙もプリントアウトして割印で済ませているところも多いと聞きますし、インディちゃんは電子辞書に置き換わってますし。というより、ジョウちゃんも電子教科書とかあるそうじゃないですか。電子書籍もありますし何もかも電子化ですね」
「でもなぁ。俺は電子書籍で読むのは味気なくて嫌なんだよ。あの紙をめくる感覚が『本を読んでる』ってことなんだと俺は思う」
「僕もそれは分かります。小説を読んでいるときに『このあとまだ続くのかな』とか電子書籍なら思えそうだけど、そうじゃない。読み終わってから見返して『あぁ、これだけのページをあっと云う間に読んでしまった』という後悔というか後味を噛み締めるのが良いんだ」
「ウチは元々活版から入ったわけじゃないから、そこまでじゃあないがな、電子書籍ってのは読んだ感じがしない。通貨と同じで、現金を払うと物を買ったという実感があるが、クレジットやICカードで支払うと物を買ったという感覚が薄くて、色々買っては
「それもありますね。あとインディちゃんはちょっと捻くれてますけれど、自分も
紙から電子へ、未来への
紙の物語 朝凪 凜 @rin7n
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