国営ガチャ

れいた

第1話

 人々はガチャ運に飢えていた。スマートフォン向けソーシャルゲーム、要はソシャゲ内でアイテムを獲得するためのシステムとして2010年代に生まれた課金ガチャシステム。運と金のみでアイテムと優越感を得るそれは、次第に多くの人間を熱狂の渦へと巻き込んでいった。しかしそのシステムの射幸心を煽る悪質さ、確率操作、景品表示法への抵触などから、2017年頃からガチャは社会問題となり始める。そこでユーザーの良質なガチャを求める声に応えるべくして運営に乗り出したのが、国だった。政府は2020年、ガチャの規制強化を打ち出すと同時に、ソシャゲのガチャシステム部分の外注を請け負い始める。法律により認可された「政府公認ガチャ」はその確かな安定性からユーザーに受け、瞬く間にどのゲーム会社も採用するに至った。統制されたガチャシステムにより、ソシャゲは更なる発展を遂げ、人はみな安心安全の下でガチャを回すことができるようになっていった。その時には既に、ガチャは娯楽システムとして人々に欠かせないものになっていた。そして、時は流れること2xxx年。


「今月も爆死だ。」

 都内の商社に勤めるサラリーマンである私は、ガチャの結果に頭を抱えていた。今月分の給料石をつぎ込んで回した「国営生活ガチャ」の結果が芳しくないのであった。うなだれていると、背後に気配を感じた。

「どうしたんだ、そんな辛気臭い顔して。」

 ヘラヘラとした笑顔で話しかけてきたのは同僚の田中だった。彼は笑みを浮かべたまま私のデスクにあるパソコンを覗き見る。画面には「星1食パンチケ」「星2トイレットペーパーチケ」「星1発泡酒チケ」といった文字列がずらりと並ぶ。

「今月もガチャ運が悪くてな、そういう田中は元気そうだな。」

 私は皮肉交じりにそう返す。

「へへ、見ろよこれ。」

 そう言って田中は手に持ったスマートフォンの画面をこちらに向けてきた。画面には「星4四輪自動車チケ」が映っていた。

「マジかよSRじゃん。」

「そうマジなんだよ、これで好きな車なら外車でもなんでも交換してくれるらしいぜ。もっとも星5車を除いて、だけどな。」

 政府により構築されたガチャシステムは拡大の一途を辿った。初めはゲームのシステムに過ぎなかったそれはソシャゲの枠を飛び越え、次第にランダムに旅行券が当たる「旅行先ガチャ」や、就職先が当たる「転職ガチャ」が登場。ついには身の回りのアイテム全てがガチャにより手に入るようまでに至った。現在では通貨は駆逐され、給料などの労働対価は全て国からの「石」で賄われる。労働者たちは貯めた石を使って生活ガチャを回すことで食料や衣服、果ては住居や車を手に入れるようになったのである。

「うちの会社は割と石出るし、ガチャだって最低限の生活アイテムは保証されるからいいんだけど、こう爆死続きじゃ気が滅入るよ。」

「俺だって先月まではレアすらろくに出なかったんだ、お前もそのうち高レア出るって。あれ、そういや山本のやつ最近見ないけどあいつどうしたんだ?」

「ああ、あいつなら。」

 私は隣の空になった山本のデスクにちらりと目をやる。

「……SSR居住権当ててドバイに引越しだとよ、贅沢なもんで。しかも海外転職チケのボーナス付きだそうだ」

「うわ本当に当たるんだな、羨ましいっつーか妬ましいっつーか。俺ももっと石稼がないとなあ。」

 同僚の山本がついにSSRを引き当てたらしい。星5物件に住むことのできる居住権は私たち庶民にとっては憧れの的だ。現在妻と二人で暮らす私には大きな家は必要ないが、それでも当たってくれたらどんなにいいことだろうか。"今回のラッキーボーイ"は私だと、そう意気込んで先ほどガチャを回したわけだったが、幸運の女神が微笑みかけてくれるには、私のガチャ運はいささか足りなかったようだ。

「ところで田中、昼飯はまだか。星1牛丼チケがやたらに余ってるんだが消化手伝ってくれないか。」

「勿論、車が当たっても腹は空くもんだ、俺らサラリーマンにはやっぱノーマルがお似合いかもな。」


 田中と私は二人で会社を出て、近くの牛丼屋へ向かうことにした。大通りに出ると何やら人だかりができており、騒がしい。何事だろうか。

「あちゃあ、こいつはデモ行進に出くわしちまったな。」

 田中はそう呟く。よく見れば、道に溢れる人々はそれぞれプラカードを掲げていた。”上方修正希望”、”排出率上げろ”といった文字が書かれているのが眼に映る。人々は揃って「詫び石寄越せ!」と声を荒げていた。どうやらこれは生活ガチャに対する仕様変更を求めたデモらしい。詫び石を求めるデモがあちこちで勃発しているのはテレビを通じて知ってはいたが、実際に見るのは初めてのことだった。田中は呆れ顔で、

「社会がガチャシステムで統制されるようになってからこればかりだ、運さえあれば誰でも幸せが平等に手の入るのに、これ以上何が不満なんだろうか。」

 と言った。田中の言うとおりなのかもしれない。デモ行進者たちはガチャの確率や石の少なさを嘆きこそはすれど、誰もそのガチャの仕組みそのものに文句を言ってはいなかった。それはそうだ、ガチャが有る限り誰もが明日億万長者になる可能性があるのだ、その権利をみすみす捨てたくはないだろう。詫び石寄越せの大合唱を背に、私たちは群衆の間をすり抜け牛丼屋へと入った。カウンターでランチガチャのいわゆるハズレである星1牛丼チケを田中の分と合わせて二枚渡し、待つ。しばらくして牛丼が来て、私たちはそれを食べる。たとえハズレであったとしてもこうして安定して食事にありつけるのは政府のガチャのおかげに他ならない。

「そういえばお前のとこ、子供そろそろだよな。」

「ああ、来月には生まれる予定だ。」

 妻と二人で過ごしてきた生活も来月には終わる。めでたいことについに私にも第一子が誕生する。

「かみさんはなんて言ってるんだい。」

「息子には私みたいな会社勤めをさせたくないってね、学者にさせたいそうだ。」

「そうか、上位職ピックアップガチャ引くのか。」

 子供の将来も勿論ガチャによって決まる。上位レアを引けば引くほど、子供には安定した未来が約束される。ピックアップガチャには石がたくさん必要だけど、背に腹は変えられない。

「しかしそれで爆死でもしたら災難だな。」

 苦笑しながら田中は冗談でもないことを言う。

「そん時はしょうがないさ。」

 ガチャは当たりもすればハズレもする、そんなのはしょうがない。

「今回の子供がハズレでも、リセマラするだけさ。」

「違いないね。」

 私たちは会社に戻り、今日もまた石を稼ぐ。

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国営ガチャ れいた @laeta

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