第28話 勇者は懼れず


「誤解です! わたしは将軍家に対したてまつり、一片の叛心はんしんもございません!」


 生命の危機に瀕したおれは、最高権力者ふたりに懸命に訴えた。

 

「では、かような言は一切申しておらぬと?」


 ジッチャンより一瞬早く、オヤジが問いただす。

 先を越されたジッチャンは、開きかけた口をヘの字に曲げ、おれをにらみつける。


「そ……それに近いことは申しました。なれど、まったく意味合いはちがいますっ!」


「ならば、なんと? 一言一句たがえず申せ」


「わたしは、

『この天守は、あとどれくらいここに在ると思うか?』

『わたしの予想では、いまから五十年もしないうちに、この城から天守そのものがなくなる』と」


「同じではないか! なにが誤解じゃ!」


 ジッチャンの目に残忍な光がともる。


「同じではありません! 

 大御所さまがおっしゃられた『この天守がいつまでもあると思うな』『あと五十年以内にこの城から天守をなくす』とでは、意味するところがまったくちがってきます! 

 父上、信じてください、わたしは、わたしは……」


 恐怖心マックスでパニックにおちいったおれは、こみあげる嗚咽に先をつづけられなくなった。


 オヤジはしゃくりあげるおれをしばらく無言でながめたあと、


「そこまで申すなら、そなたの考えを説明いたせ」


「はい!」


 せっかく、オヤジが与えてくれた弁明のチャンスだ。

 絶対ムダにするわけにはいかない。

 クソ意地悪いジジイでさえグウの音もでない完璧な理屈をこねてやる!


「『この天守はあとどれくらいここに在ると思うか?』とは、御城近辺はすべて平らかな土地にて、御天守より高いものはありません。

 となると、落雷で火災が生じる恐れもあり、もしそうなれば、あれほど高き場所の消火はむずかしいのではないか?、と案じるあまり、ついあのようなことを……」


 実際、最後の天守閣は大火で焼失したし、『火災』はそれなりに説得力があるはずだ。


「ふむ、天守自体は比較的燃えにくい造りにはなっておるものの、ひとたび火の手があがったら、有効な手だてはあまりない。

 それにくわえ、城下の消火態勢とてじゅうぶん整っているともいえぬ。この儀、早急に対策を講じねばなるまい。

 よいところに気づいたな、国松」


 たしかに、寛永度天守は窓さえ開いていなかったら、燃えなかったと聞いたことがある。

 おそらく外壁などは燃えにくいものでできているのだろう。


「はっ!」


 オヤジの好意的アシストで、硬直していた全身のこわばりがゆるむ。


(すくなくとも、オヤジはおれを断罪しようとはしていない)


 そう思っただけで、勇気がわいてきた。


「では、『いまから五十年もしないうちに、この城から天守そのものがなくなる』とは?」


 やさしくうながされ、心に余裕が生まれる。


「それは、万が一、御天守が火災で焼失しても、すでに徳川の支配が盤石になっておれば、多くの金・時間・人手を費やしてまで再建する必要はないと考えたのです。

 そして、さような世となるまでには、おそらく五十年もかからぬであろうと」


「盤石ならば、再建は不要? そは、いかなる意味か?」


「では、そもそも天守とはいったいなんのために設けるのでしょうか?」


 自分ジッチャンを無視してやり取りをつづけるおれたちに、真っ向から殺気に満ちた視線が注がれるが、ここはあえて気づかないフリをする。


「それは物見櫓――遠方を見望するためと、その威容にて徳川の力を諸侯に見せつけるためではないか?」


 歯がみするジッチャンとは対照的に、なぜか楽しそうなオヤジ。


「ならば、豊臣が滅びたいま、大軍勢が接近する恐れは薄れましたゆえ、物見櫓としての役割はひとまず終わったのではありませぬか?」


「いや、前田や加藤・福島など豊臣恩顧の大々名がいくたりも残っておるではないか! 

 そやつらが背かぬという保証はない!」


 無視シカトされつづけ、発狂寸前のジジイが憤怒の表情で吠えた。 


「それについては、日ごろから探索をつづけておればよろしいかと。

 徳川相手に兵を動かすとなったら、兵糧やら玉薬やらを大量に買い集め、大がかりな戦支度をすることとなりましょう。各領の動向を絶えず監視しておけば、反乱の兆候もすぐにつかめます」


 オヤジはおれに目をむけたまま、大きくうなずき、賛意をしめす。

 そのはげますようなまなざしに力を得、おれは最後の仕上げに入る。


「となると、今後、天守の存在意義は、徳川の武威を天下にしめすため――権力の視覚化のみとなります」


「いかにも」


「しかし、ご公儀が万全であれば、わざわざ天を衝く巨大楼閣を築き、ひとびとを威圧する必要はなくなります。

 むしろ、失われるたびに何度も建て替えるは、自信の欠如をしめすことにはなりますまいか?

 ならば、目に見える建造物ではなく、反抗の余地もない絶対の掟を布いて、ゆるぎない支配体制を確立し、万人の心に畏怖の念を植つけて、天守を必要としない世をめざすべきではないでしょうか?」


「なるほど。武威を誇示する天守が不要となったとき、徳川の支配は完全なものとなる、か」


 満足げにほほえむオヤジ。


「ようわかった。そなたに二心なきことを信じよう」


 ところが、


「子どもに言いくるめられてどうする、秀忠!」


 不快感もあらわに罵倒するクソジジイ。


「甘い! そなたは甘すぎる! さようなことで、武家の棟梁がつとまるか!」


「ふふっ、大御所さまの意のままに動かぬ道具は、もはや用済みですか?」


「なに!?」


 意外な返しに、絶句するジッチャン。


「わたくしも処分なさいますか? 信康兄上のように」


「な、なんだと……?」


「たしか、弟の五郎太(現名古屋藩主・徳川義直)は、わずか四歳にして甲府府中二十五万石の太守となり、八歳で尾張清洲五十三万石の主となりました。

 一方、十歳の国松は、わたくしが提示した二十四万石を固辞し、一万石以下の旗本となって、兄の傍近く仕え、役に立ちたいと申し出たのです」


 オヤジは、みなが恐れる天下人を冷ややかに見すえた。


「もし、国松がまことに弑逆・簒奪をたくらむならば、二十四万石でも足りぬはず。

 にもかかわらず、なにゆえ大御所さまは、五十三万石の五郎太ではなく、一万石にも満たない国松に疑念を抱かれるのですか?」


「……秀忠……」


「ち、父上」


 眼前のオヤジの姿が涙でぼやけはじめる。


  

 オヤジが……従順なだけが取得とりえといわれたあの泥人形オヤジが…………ジッチャン家康に逆らった!!!



 だれもが認める最恐のラスボスから、おれを……全力で守ってくれている!



 勇者、光来っ!  

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