第27話 ラスボス降臨


「ヘタしたら、十八年早くゲームオーバー!?」


『ジッチャン来駕』の知らせを耳にしたときは、滝汗・涙目で放心したものの、日を追うにつれ、おれはしだいに落ちついていった。



 よく考えたら、おれは、すでに徳川宗家ファミリーから離脱している。


 この時期に発生するジッチャンがらみのイベントといえば、まだ世継ぎが決まっていない状態で、思いあがった国松がやらかしてジッチャンにこっぴどく叱られる、『竹千代だけこっちおいで』事件だろう。


 あっちの世界では、秀忠・江夫婦が、いろいろ残念な竹千代より、才気煥発な国松を世子にと望み、それを憂えたお福が駿府の家康に、『お世継ぎは竹千代君に!』と直訴して大成功ハッピーエンド――春日局さまお手柄伝説となるわけだが、現時点で宗家にいる男子は兄貴だけ。


 だとしたら、あんなざまぁイベントは発生しない!


 ならば、来年四月にくたばる(はずの)ジジイなど、恐るるにたらず!


 そう思いいたり、家康入城の報を、おれは平常心で聞くことができた。



 ときは、元和元年十月


 駿河を発ってから約一か月。

 さほど遠くない駿河~江戸の道中が長期化したのは、途中あちこちで鷹狩りをしてきたからだとか。


「なんだ、余裕だな~」と思ったら、さにあらず!


 鷹狩りは、いわば軍事演習。

 また、狩りは各地を視察するためのいい口実にもなる。


 つまり、万が一にそなえ、東海道筋の内情を探りつつ、演習もこなしてきたというわけだ。


 ジッチャンは豊臣を葬り去った現在も、不測の事態に即応できるよう、いまだ臨戦態勢を解いていないのだ。 

 猜疑心のつよいタヌキジジイらしい話だ。


 

 大御所家康と在府諸侯との対面は、入城から五日後、江戸城大広間でおこなわれた。


 最上段にジッチャンとオヤジが座り、諸大名・旗本たちは、今年制定された服制にしたがい、格式に応じた正装で平伏。


 まずは、ジッチャンからのありがたいお言葉があり、つづいてオヤジの訓話。


 オッサンたちに合わせて頭を何度か上げ下げしているうちに、拝謁は無事終了。 


 大広間を埋めつくしていた大名連中がつぎつぎに出ていき、ようやくおれたち旗本も退出をゆるされる。


 このあとは、居候している屋敷にもどって、いつものユニフォームに着替え、兄貴のところに出仕しなければならない。



 じつは、おれはいま、乳母の朝倉の家に厄介になっている。


 なぜなら、すぐに決まると思ったおれの拝領屋敷選定が難航しているらしく、落ちつき先がまだ決まらないからだ。


 かといって、あんなに威勢のいいことを言っておきながら、いつまでも城内にとどまっているわけにもいかず、乳母に泣きついてしばらく置いてもらうことになったのだ。 

 おかげで、身のまわりの世話などは、引きつづき朝倉がやってくれるので、とても助かっている。



 オッサンたちに交じり、廊下をゆっくり歩いていると、


「松平国千代殿」


 御玄関にむかう列の外から、おれの名を呼ぶ声が。


「上さまのお召しにございます。こちらへ」


「お召し?」

 

 流れる人波を横切り、オヤジの近習らしき男のもとにいくと、


「奥・御座之間にてお待ちにございます」


 男はそう言うなり、さっと背をむけ、玄関とは逆のほうへズンズン歩いていく。 



 なんか……すごーくイヤな予感がするんだが?



 そうはいっても一旗本に拒否権はなく、おれは慣れない長袴をズルズル引きずりながら、ニイチャンの後につづいた。



「松平国千代、これに」


 御座之間前の入側廊下で這いつくばるおれに代わって、ニイチャンが告げる。


「それへ」


 なつかしい声が遠くから聞こえた。


 思えば、あの日以来おれはオヤジと話をしていない。

 臣下に下って城を出、仕事上のかかわりもないため、当然ではあるが、やはりちょっと寂しい。


「はっ」


 目線を落としたまま、袴の裾をさばいて下段の間に入り、すぐに平伏。


 貴人に対するときは、相手をまともに見つめたり、ズカズカ近づくのは失礼なのだ。


「もそっと近う」


 静かに告げる耳慣れたその声に、涙腺がじわりとゆるむ。


「はっ」


 うつむきつつ進み、上段の敷居際でまた平伏。



「ほう、ずいぶんとしおらしいではないか」



 オヤジのではない重低音が鼓膜にひびいたとたん、全身に寒気がはしった。



 ――ラスボスジッチャン降臨っ!――



 想定外の事態に、畳についた手がふるえる。


「その歳で謀反をたくらむとは、さぞやふてぶてしい面がまえになったであろうと楽しみにしておったに、最後に見たときとさほど変わらぬのう」


 い、いま……なんて?

 なんか、とんでもない単語が聞こえた気がしたけど……き、きっと、幻聴だよね、うん、そうだ、そうだ。


「ほれ、しかと顔を上げい。齢十歳にして簒奪をたくらむ悪党のツラを拝みとうて、わざわざ呼んだのじゃ」


 ……幻聴じゃなかったようだ。


おもてを上げよ、国松」


 かつての名前を呼ぶオヤジの声音が、ひどく硬い。


 おそるおそる顔をあげると、ジッチャンの苛烈な眼光をモロに浴びる。 


「ふん、かわいい顔をして、親兄弟に叛するか。前田や伊達ばかり気にしておったが、まさかすぐ傍に伏兵がいたとはな」


 な、なんだ? なにが起こってるんだ?


「ち、父上……」


 わななく唇から、懸命に言葉を紡ぎだす。


「いったい、なんのお話でしょう?」


 必死にすがるおれに、オヤジは眉間にシワを寄せ、 


「じつはな……ある者から、そなたが『あと五十年以内にこの城から天守をなくす』と言うていた、との報告があってな」


 苦悶の表情でそう吐きだすと、あとは黙したまま、憂いをおびた目で、じっとおれを見つめる。


「そ、それは……」


 ま、まさか、あのときの……?


「そのうえ、『この天守がいつまでもあると思うな』などとうそぶいたそうだな!?

 つまるところそれは、徳川本城たるこの城を、大坂城のごとく焼き払うと宣言したに等しいではないか!」

 

 鬼の形相で怒鳴るジッチャン。


 

『粛清』の二文字が、深紅の太字で虚空にうかんだ。







(※ 『竹千代だけこっちおいで事件』


ザックリいうと、「秀忠とお江は、長子の竹千代さまをないがしろにして、国松ばかりかわいがっている! なんとかして!」というお福の訴えを聞いた家康が、駿河から江戸に出張ってきて、「わしのおヒザにおいで」と仕掛けたら、兄と同格だと勘違いしていた国松が案の定引っかかり、ノコノコ出ていって、ジッチャンに「分をわきまえろ!」と一喝されたという若干マユツバ系逸話。

春日局ヨイショドラマにはかかせないエピソードである)





 

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