第20話 竹千代……恐ろしい子!


 近侍の件は、オヤジの仕切りで詳細もサクサク決まり、出仕は明日巳刻午前十時からとなった。


 そして、独立については、許可自体は出たものの、おれがまだ十才ということと、急な話で屋敷もすぐには用意できないことから、当分の間はこれまでどおり江戸城ここに住みつづけ、自室から兄貴のところに出勤することになった。



「では、国松、わしは竹千代と少し話があるゆえ、そなたは先に下がれ」


 初出仕の打ち合わせが終わったとたん、そう命じられた。


「はい」 


 めずらしい。いままでは兄貴だけ残すことなんかなかったのに。


 まさか……オヤジ、おれの処遇について、妙な指示を出す気じゃないだろうな?


「あまりキツい仕事をさせるな」とか「いじめるな」とか、いらんことを――


 モヤモヤしながら、立ち上がろうとしたとき、


「く、国松……」


 もの言いたげなようすの兄貴に呼び止められた。


「……なにか?」


「あっ、い、いや……いい……」


「なんだ、竹千代。言いたいことがあるなら、遠慮なく申せ」


 私人モードにもどったオヤジがやさしくうながす。


「い、いえ、たいしたことでは……」


「些細なことでもよいではないか。明日よりそなたらは主従となる。そうなれば、兄弟として親しく言葉を交わすこともはばかられる。なにか申したき儀あらば、いまのうちに話しておけ」


 オヤジの慈愛にみちたさとしに、兄貴も、


「さ、さようでございますね」


 とは言ったものの、何度か口を開きかけ、かなりためらったのちに、


「なぜ食うたのだ?」


 いきなりぶっきらぼうに問われ、首をひねる。


「……先日のまんじゅうのことでしょうか?」


「そうだ。あのまんじゅうは危ないと言うたであろう。なのに、あえて食うたは、なにゆえだ?」


「そ、それは……」


 たしかに、いままでの国松だったら、下剤入りとわかった食べ物をあえて口にするなんて、絶対にしなかったはず。


 国松というガキは、いい意味でも悪い意味でも計算高くて、自分が被害をこうむる選択は決してしないやつだ。


 それなのに、あのときは警告を無視したうえ、制止を振りきってまで、勢いにまかせてバクバクと――いまにして思えば、国松的にはあれは相当不自然な行動で、兄貴が疑問に思うのももっともだ。


 かといって、『前世の記憶の影響で、妙に感傷的になってしまい、半ばヤケクソ気味に食いました!』、などと言えるわけがない。


「前世がー」なんて口にしたが最後、「ご乱心!」とどこかに軟禁されたあげく、みんなが国松おれの存在を忘れたころ、こっそり謀殺――なんてことにもなりかねず、そんなことになったら、せっかくイイ感じに進んでいた粛清回避計画も終了パーだ。


 

 返事に窮し、うろうろ視線をさまよわせていると、


「ほう、国松がさようなことを? わしもわけを聞きたいのう」


 げっ! 


 竹千代あいつだけなら、なんとでも言いくるめられるが、オヤジは……。


 

 ――まずい。いままでの国松像とはあきらかにかけ離れた答えを返してしまったら……――



 オヤジに不信感を持たれたら、そこをグイグイ突っこまれて、ついうっかり変なことを口走ることだって……。


 クソガキめ、なんでオヤジの前で言うんだよ?


 どうせ明日から近習になるんだから、オヤジのいないところで聞けよ!



 くそっ、ボケーっとしたガキだと思って油断していたら、こんな悪辣な罠を……。


 竹千代、恐るべしっ!

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