第19話 まさかの勝ち組?


「ありがたいお話ですが……ご辞退させていただきます」


「なに? 要らぬと申すか?」


 オヤジがおれを凝視する。


「は、はい。わたしには過ぎたるお話で……」


 くそ、なんとかうまく断らないと。


「しかし、いくら宗家を離れるとはいえ、そなたもわしの子。そうそう粗略にはあつかえぬ」


「な、ならば、大名ではなく、旗本にしていただきとうございますっ!」


「旗本?」


 はじめてその表情が大きくくずれ、怪訝そうに首をかしげる。

 さすがにこれは予想外だったらしい。


「はい、旗本ならば大名とちがい、つねに主君たる兄上の傍近くにいることができます。

 大名は一軍を率いて戦わなければなりませぬゆえ、どうしてもお傍を離れることとなり、近習としてのお役目をはたせなくなります!」


「しかし、そなたが陣頭に立たねばならぬほどの大戦おおいくさなど、そうは起きぬであろうし、なにもさようなことまで考えずともよいのではないか?」


「いえ、そ、それに、わたしにはさような大領を治める器量もございませぬ!

 そうだ……せっかく父上がくださるとおっしゃるのでしたら、一万……いや、九千九百九十九石ほどいただければ十分でございます!」


「九千九百九十九? それはまた、ずんぶんと半端な」


 今にも吹きだしそうな顔でまぜ返す。


「つっ、つまり、この九千九百九十九というは、『万にひとつも将軍家を裏切らない』という意思表示なのです! 

 わたしは、次期将軍である兄上に絶対の忠誠を誓います! 

 その証が、一万からひとつ少ない九千九百九十九です!

 万のうち、ごくわずかな不安定要素である一を取り除き、絶対安心ゆるぎない九千九百九十九の忠誠をわが家禄とすれば、未来永劫子々孫々、当家から徳川ご宗家に背く者など、ひとりたりとも現れぬでしょう!

 そして、別家を立てるにあたっては、将軍家に忠誠を誓う家訓も作ります! 

 第一条は『大君の儀、一心大切に忠勤を励むべし』にいたしましょう!」


 大君うんぬんは保科正之が定めた会津藩家訓のパクりだが、この際かまってられるか!


「なんのことやらようわからぬが、そなたがそれでよいと申すなら、さよう取り計らおう」


 破顔一笑、オヤジのOKが出たー!



 大汗かきながらの必死のプレゼンは、どうやら成功、しめしめ――――と思ったら、


「まあ、おいおい加増してやってもよいしな」



 バ、バカ言うな。

 九千九百九十九じゃなきゃ、意味ないんだよ!


 もう、そういう変な温情はいらないからっ!


 

 とはいえ、あらためて考えてみると……。

 

 江戸時代も後期くらいになると、大名家はたび重なる手伝い普請や海防、参勤交代などで窮乏していく。


 一方、千石以上の大身旗本は米価下落などの影響はあるものの、金がかかる参勤交代がないので、よほど数代にわたって散財しなければ、そこそこの生活はキープできる。


 一般的に大名は一万石以上、それ以下は旗本ということになっているが、ヘタな大名になるより、ほぼ一万石もらって旗本でいるほうが、断然お得なのだ!


 中には四千五百石で大名格とされた喜連川藩など特殊なケースもあるが、そうなると大名としての格式を維持するのに結構金がかかって、あまりうま味はない。


 また、旗本の中には大名のように参勤交代をする『交代寄合』というのもある。


(あるというより、参勤交代制度は家光期に確立するから、今後できるはずだ)


 せっかく旗本になったのに、そんな割の合わないのにされても迷惑なので、知行地は交通の要衝にかぶらないようにしてもらわないと!

 

 


 こうして、あっちでは、ひとつの内定ももらえず、卒業後の収入のあてもなかったが、ここではめでたく就職番入りも決まり、たとえクビになっても、年間九千九百九十九石の収入も確保できた。

 


 あれ? 

 ひょっとして、おれって、勝ち組なのか?

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