第18話 はい、内定いただきましたー!


「こうまで言うておるのだ、試しにやらせてみてはどうか?」


 オヤジが兄貴にうながす。


 どうやらおれの申し出は、オヤジの許容範囲内だったようだ。


「ち、父上がそうおっしゃる、なら……」


 クソガキはいまひとつ納得できない顔で、しぶしぶうなずく。


「ふ、ふん、それにしても、たいそうなことを言っておきながら、本音は毒殺が怖くて、私の傍にいたいとは。こ、この小心者めが」


「へへへ、お恥ずかしゅうございます。兄上、以後よしなに」


 もみ手をしながら、ヘラヘラ媚び媚び。



 ――やった! まずは第一関門、突破!――



 表向きは、将軍嫡出の国松が、ただの宗臣(主君と同族の家臣)となった事実を示すためのパフォーマンス。


 しかし、それは建前で本当は毒殺を逃れるためとした今回の就活番入り


 だが……じつはそれすらも建前で、近習就任は生き残りへの大きな一歩なのだ。


 なにしろ、家光期の幕閣は、そのほとんどが竹千代時代の小姓上がり。


 そこで、いまから兄貴のブレーン候補に接近し、取り入っておけば、将来なにかまずい事態になったとき、口添えしてもらえるんじゃないかと考えたのだ。


 幸いオヤジのプッシュもあり、なんとか兄貴の許可も出たし、あとは……。



 就活がうまくいき、内心ニマニマしていると、


「国松」


 ふたたび探るような視線が当てられる。


「松平姓を名乗り、別家を立てるならば、そなたにも所領をあたえてやらねばなるまい」


「あ、はい……かたじけのうございます」


 ああ、そうか。

 別姓になって新たに一家を立てたら、今後は自分の家臣は自分で養うことになるから、領地をもらわないといけないのか。



「ふむ、そうだな……甲府に二十四万石ほどでどうだ?」


「に、二十四万っ!?」


 二十四万石っていったら、保科正之がもらった会津藩(二十三万石)より上じゃないか!


 ダメだ! 

 それは、絶対にダメだ!


 まず、甲府は地理的に江戸に近すぎてヤバい!


 甲州街道を使えば、江戸はあっという間。容易に攻めこめる。


 そんな所に所領があったら、幕府にバリバリ警戒される!



 そのうえ、二十四万石!?


 動員可能兵数も軍事費もデカすぎて、ますますマズイ!


 江戸至近の要地、しかも二十四万石の大領――まちがいなく痛くもない腹を探られる!


 せっかくすり寄って媚びへつらおうと準備しているのに、布石が全部ムダになるばかりか、どう考えても破局まっしぐら! 粛清一直線だ!



 よし……断ろう。


 金より命。

 命あっての物種ものだねだ。

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