第17話 前門の兄貴 後門の御三家


「つ、つまり、わたしが兄上の近習となれば、毒味をおおせつかることもありましょう。

 もし、わたしを害そうとするものがいても、兄上のご膳に毒を盛るわけにはまいりますまい。

 また、兄上を亡き者にし、わたしを担ぎ上げようと謀る輩も、わたしが口にするかもしれぬ食事に一服盛るのはためらうはず。

 われらが同じものを食すことになれば、あるていど危険は防げるのではないかと考えたのです」


「なるほど。しかし、将軍後継候補はそなたらだけではないぞ?」


 冷笑とともに告げるオヤジ。


「それは……叔父上たちのことでしょうか?」

 

「さて、どうであろうな」


「さ、さすがにそれは父上になんとかしていただかなければ……われらの手には余ります」


 名古屋(五十三万石)・駿府(五十万石)二藩が本気出してきたら、おれらガキんちょはひとたまりもない。


「ふむ、そうだな。まあ、ふたりいっしょならば守りやすいか?」


 オヤジは深々とうなずき、なにやら沈思しはじめる。



 な、なんか、いま「守る」とか、とても不穏な言葉が……。


 もしや、叔父ちゃんたちによる暗殺というのは……それなりに現実味のある話なのか!?



 ――たしかに、あってもおかしくないかもしれない。



 前世で聞いたエピソードによると、叔父たちにはいろいろ怪しいウワサがあった。



  紀州徳川家祖・頼宣は、家光が没した直後に起こった『由井正雪の乱(慶安事件)』の黒幕とささやかれたし、刀の様斬ためしぎり(もちろん人体で!)が趣味だったりする、ちょっとヤバい人だったとか。


 頼宣の同母弟で、水戸徳川家の祖・頼房は、ある日、父・家康から冗談で、


江戸城天守閣ここから飛び降りてみせたら、望みのものをやろう」と言われ、


「じゃあ、天下をください! もし、すぐに死ぬとしても、地面にたたきつけられるまでの間、おれは天下人になれる!」とうそぶいて、めちゃくちゃジッチャンに警戒されたという。



 そういえば、頼房の子・光圀も、若いころ辻斬りをしていたというし、お万の方(家康側室・養珠院)の血筋はサイコパス逝っちゃってる系なのか?



 また、尾張の義直は、頑固な性格で家光とはことごとく対立し、まだ実子のなかった家光が重病に倒れた時は、大軍を率いて江戸に参府し、つぎの将軍後継者候補として武力をちらつかせつつ、盛大にアピールしたらしい。


 そのうえ義直は、兄・秀忠が『禁中並びに公家諸法度』を発布して、必死に朝廷対策を講じているのをしり目に、ガチガチの尊皇思想に染まっていた。


 このため尾張藩は幕初から幕末にいたるまで、御三家筆頭でありながら反徳川宗家・反幕府的態度を取りつづけ、最後は幕府にとどめを刺す。それは家祖以来の伝統だったのだ。



 とはいえ、慶長二十年現在、義直は慶長五年生まれの十六才、頼宣は慶長七年誕生で十四才、頼房は慶長八年生まれの十三才。

 それに対し、兄・竹千代は慶長九年生まれの十二才――ジッチャン晩年にできた三人とおれたちは、さほど年が離れていない。


 実際なにかしてくるとしたら、十代の叔父たちではなく、その下にいる家臣だろう。


 そいつらにしてみれば、自分の仕える幼君が将軍になれば、出世まちがいなしなのだから。



 そうなると、今度は本物の毒まんじゅうが……いや、もっと確実な刺客さえ……。


 ぞぞぞぞぞ~~~。


 ひょっとして、家光兄貴だけでなく、親戚そっちの心配もしなくちゃいけないのか?

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