第16話 就活


「そこで、ひとつ、願いあげたき儀がございます!」


 これ以上めんどくさいフラグ立てられる前に、一気にたたみこもう!


「なんだ? 申してみよ」


 オヤジはするどいまなざしでおれを一瞥する。


「兄上がお認めくださるなら、わたしを近習の末席にくわえていただきたいのです」


「き、近習に!?」


 どんどん無表情になっていたブサイク顔が一転、目も口も開放しまくり崩壊する。


 ムリもない。

 最近まで疎遠――むしろ対立していた弟に、いきなり仕えたいなんて言われたら、だれだって驚くだろう。


 だが、これこそが、千ネーチャンを踏み台にしてまでやり遂げたかったバッドエンド回避計画の一部なのだ。



「ふふふ、これはまたおかしなことを……」


 オヤジはなぜかおもしろがっている。


「国松、そなた、いったい、なにを企んでおる?」


 反対に、不信感丸だしのクソガキ。


「むろん、次期将軍たる兄上の臣下となった事実を、みなに見せつけるためにございます」


「いや、それだけではあるまい。きっとなにかよからぬことを……こやつは腹黒く……絶対、裏が……」


 死んだ目でボソボソつぶやきつづける兄貴。


 

 ――そうくると思ったぜ――



「さすが、兄上! 慧眼でございますな!」 


「な、なんだと!?」


「はい、じつは、近侍は建前にございます」


「やはりそうか。ならば、真のねらいはなんだ? 私の傍近く仕え、今度はそなた自身が毒でも盛る気か?」


「ははは、その逆です」


「逆?」


 真っ正面から当てられるオヤジの強烈な視線。


 一片のウソすら暴かれかねないその冷厳なまなざしに、治ったばかりの傷跡が残る額にじっとり汗がにじむ。



「わたしは……こたびのことで恐ろしくなったのです」


「恐ろしいとは?」


 穏やかな口調にもかかわらず、背筋が凍る。


 オヤジは、なにかというと、将来を嘱望されながら非業の死を遂げた兄・信康と比較されて、『おとなしく、穏やかな人柄。父・家康に従順なだけの凡庸な二代目』などと評されるが、はたしてそうだろうか?

 

 その姿は、ある意図をもって自分自身が作り出した虚像だったのではないか?

 

 公人・秀忠は、何事にも動ぜず、つねに冷静沈着、必要とあらば冷酷な決断もできる男だったのではないか?


 たしかに、ジッチャンは天下を平定し、幕府を開いた。


 しかし、徳川政権が三百年ちかく命脈をたもちえたのは、秀忠がしっかりと基礎を固めたためともいわれる。 

 

 そんな政治家が、凡庸などであろうか?



 前方からヒタヒタと迫ってくるこの圧迫感。

 切れ長の涼し気な目元に宿る底知れぬ深淵。


 洞察力に富む男の目には、おれの生存をかけたハッタリはどう映っているのだろう?


 もしや、そんなものはとっくに看破されて……?


 だが、オヤジにはなにかの思惑があって、おれの茶番につきあっているのではないか?



 たぶん…………ここがおれの人生の分水嶺――。



 なぜか唐突にそう悟った。



 ここでおれの構想どおりに運べば、バッドエンド回避の可能性は格段に上がる。


 ……だが、それがオヤジの意にそぐわないものだったら?


 おそらく、容赦なく叩きつぶされるだろう。 



 どうか……これがオヤジの意向から、大きく外れていませんように!




「はい、身近にいる者がいとも簡単に毒を、と思うたら、とても怖くなりまして」


 怖い……毒などよりもっと……心臓に刃を当てられているかのような本質的な恐怖が……。


 あの目で……オヤジの透徹した目で……おれのすべてが暴かれる……。



「し、しかし、兄上のお傍近くにおれば、なんとか災厄も避けられるのではと」


「続けよ」


「ふん、で、結局なにが言いたいのだ? 先ほどから、わけがわからぬことを」


 静かに命じるオヤジとは対照的に、ブツブツ毒づく兄貴。



 この張りつめた空気をものともしないとは――――こいつ、案外、大物なのか?

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