第14話 1:2 社長(将軍)面接


 ヤローだけになった室内には、ダークな緊迫感がただよいはじめる。


 ややあって、


「竹千代、国松、これへ」


 オヤジは軽く片手を上げ、おれたちを再度差し招く。


 しかたなく兄貴といっしょに膝を進め、褥の真ん前に並んで座る。


「…………」

 

 無言でおれたちを見つめるオヤジ。


「「…………」」


 その視線に必死で耐えるおれたち。



 ――ゴクリ――


 兄貴が唾を飲む音が、やけに大きくひびく。



「国松」


「はっ、はい!」


 みごとに声が裏返っている。

 気づかなかったが、おれもかなり緊張しているらしい。


「先ほどの申し出、まことそなたの本心か?」


「む、むろん! わたしは本当に松平姓がほしいのです!」


「なにゆえに?」


 き、きた!

 

 たぶん、ここでオヤジを納得させられなかったら、松平姓での独立――徳川宗家からの離脱は失敗する。


 そうなったら、あっちの歴史どおり、おれは『徳川忠長』となり、兄貴のスペアとして将軍位をねらえるポジションをあたえられるだろう。


 だが、それは粛清につづく地獄への直線道路だ!


 バッドエンドを回避するには、この圧迫面接をうまく乗りきらなければ! 



「そ、それは……大御所さまや父上のご尽力で、長き戦乱の世がようやく終わったからにございます」


「もそっと詳しゅう」


「あ、はい」

 

 緊張のあまり、口内がカラカラに乾く。

 さっきの兄貴のように唾を飲みこんで、喉を湿し、つぎの言葉を絞り出す。


「もとをただせば、百五十年近くつづいたこの動乱は、足利将軍家と管領家で起きた跡目争いが発端となり、しだいに国全体に波及したものと聞きました」


 跡目争い――応仁元年(1467年)に発生した応仁の乱は、室町幕府の管領家畠山・斯波両家の相続問題からはじまり、のちには足利将軍家の後継者争いもくわわり、混沌をきわめた。

 これが終息したのは文明九年(1477年)――約十一年後。


 しかし、内乱自体は終わったものの、この混乱により室町幕府や守護大名、公家らの力は大きく衰退し、それにかわって実戦部隊を率いる国人ら新興勢力が伸張する結果となった。


 今までの支配階級の権威が失墜し、身分秩序・社会構造も流動化した結果、戦国時代の下地がバッチリできあがったのだ。


 そして、乱世への流れを決定づけたのが、明応二年に起きたクーデター――『明応の政変』だった。


 これは、室町幕府十代将軍・足利義材よしき(のちに義植よしたねと改名)が家臣らに廃され、十五年後なんとか復職したが、十三年後、再度将軍職を追われ、失意のうちに逃亡先で死亡したという事件。


 その背景には、足利家が数代にわたり将軍職をめぐってゴタゴタするうちに支配者としての統制力を失っていたことがある。


 有力守護大名らは、力さえあれば将軍すらもすげかえることが可能だと、天下に知らしめてしまったのだ。

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