第13話 謀反 vs. 裏切り 

「戯れにしても度が過ぎます!」


 千ネーチャンによく似た超高音の怒声に、鼓膜がキーンと鳴りはじめる。


 ……やばい、難聴になるかも。


「しかし、なにゆえ、さようなことを……もしや、お福になにか言われたか?」


「お福?」


「ああ、きっとそうにちがいない! おのれ、お福め……だから、だから謀反人の娘を乳母になどしとうなかったのだ!」


 オバチャンは勝手に決めつけて、どす黒い呪詛を吐きまくる。


 そのヒステリックな狂態を見、となりの兄貴は青ざめた顔をこわばらせる。


 ……まずい……。


 兄貴にとって、乳母のお福は、両親以上に大切な人だ。

 

 あっちの世界の家光は、幼少時から両親に疎まれ、ないがしろにされたうえ、将軍の地位を弟におびやかされたせいか、生涯を通して精神が不安定だった。


 そんな家光の精神的シェルターがお福(のちの春日局)で、家光は急に不安感に襲われると執務中でも、大奥に飛んで行き、落ち着くまで乳母にくっついていたという。


 兄貴にとって絶対的存在のお福を、オバチャンはさっきから罵倒しつづけている。


 ――放っておいたら、ちょっとめんどうなことにならないか?


 このまま黙って聞いてたら、兄貴の脳内では、おれがお福をののしっていたと変換されかねない。

 そうなったら、取り入るのはいっそう困難になる。


 なら、ここは……、


「なにも言われてはおりませぬ!」


「いや、わらわにはわかる。そなたはあの謀反人の娘に妙なことを吹きこまれ――「ちがいますっ!」


「……国松……?」


 息子の剣幕に思わず絶句するオバチャン。


「それに、母上は事あるごとにお福を『謀反人の娘』と呼ばれますが、謀反したのはお福の父・斎藤利三の主君、明智光秀でございます。斎藤は家臣として光秀に従っただけのこと。それに……」


 オヤジと兄貴がかたずをのんでやり取りを見守る。


「明智や斎藤が、わが大伯父・織田信長公を討ったとおっしゃるならば、母上の父君・浅井長政さまもまた、信長公に背いた裏切りものにございましょう」


「なっ、なんと!?」


「長政さまは、織田と同盟をむすんでいたにもかかわらず、信長公朝倉攻めの折、突如、盟約を破棄し、その背後を襲ったと聞きおよびました。であるならば、信長公に叛した光秀と同じではありませぬか」


 昨日の友は今日の敵――みたいな関係こそが戦国乱世なわけだし、どちらがより悪質とも言えないがな。


「く……国松……?」


 オバチャンは呆然とおれを見つめ、黙りこむ。


 無理もない。

 オバチャンの父、すなわち、おれのじいさんだ。


 物心ついて以来、親の前ではずっとイイ子ぶってたおれが、ママの大事な父上をおとしめてまで、兄貴の乳母を擁護するなんて絶対にしなかったはずだし。



「もうよい、御台、そなたも下がれ」


 いつもより低い声がオバチャンに退出を命じる。


「なれど……」


「外せと申しておるのだ、お江!」


 あっちの世界では恐妻家として名高かった男は、凍てつくようなまなざしをその妻に向けた。


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