第11話 おねだり


「そなたもいいかげんになさい、国松!」


 オバチャンが怖い顔ですごんだ。

 その傍らには、反論することもできず、突っ伏して号泣しつづける千ネーチャンが。

 

「千は長年大坂でつらい思いをしたあげく、やっとわれらのもとに帰ってきたのですよ? 弟なら、傷心の姉をいたわってやろうとは思わないのか?」


 オバチャンはため息をつきつつ、ネーチャンの背をなでる。


「……どうしたのだ? いつもの国松らしゅうない」


 国松らしくない?

 

 ああ、そうだよ。


 なんせ、今までのように両親の偏愛を受けて増長し、兄貴をバカにしつづければ、その先に待っているのは粛清される未来だけ。

 だから、ここで軌道修正しなきゃならないんだ!


 まあ、たしかに、夫と死別したばかりの千姫ネーチャンには悪いと思うが。

 でも、今なら……十才のガキなら、ちょっとぐらい言い過ぎても、殺されることはないだろう。 

 なら、この機に、生き残るための悪あがきを……。



「『どうした?』ですと? 母上、お忘れになってしまわれたのですか、あの件を?」


「あの件?」


オバチャンの眉間にシワが寄る。


「ええ、兄上に対する毒殺未遂でございます」


「ど、毒殺だと!? なんのことだ、それは!?」


 まだ報告を受けていなかったらしいオヤジは愕然。


「なにもかような時に……」


 オバチャンはおれの暴露にオロオロ。


 いくら自分は関与していなかったとはいえ、正室づきの侍女たちが兄貴に下剤入りのまんじゅうを届けたのは、まぎれもない事実。


 それというもの、常日頃、オバチャンが国松おればかりひいきにして、竹千代兄貴をないがしろにしてきたからだ。


 オバチャンの態度にまわりのやつらもちょっと調子づいて、あんなことをやらかしたんだ、(毒じゃないからいいよね?)くらいの軽い気持ちで。


 同様に、そうした『国松上げ・竹千代下げ』の風潮が、国松おれをつけ上がらせることになったのだ。



「母上、わたしはあれで気づいたのです。このままわたしが徳川宗家にいては、われら兄弟をめぐって家中の和が乱れ、いつか謀殺されるのではないかと」


「ばかな! そなたを害そうとするものなど、この城にはひとりもおらぬ!」


「はたしてそう言い切れますか? 先日、わたしは兄上に送られたまんじゅうを食べ、あやうく命を落とすところだったのですよ?」


「命を!? 何があったのだ、お江!?」


 オヤジがオバチャンにつめよる。


「母上づきの奥女中が、兄上のもとに毒まんじゅうを届けたのです、母上からと偽って」


「毒……」


 オヤジ周囲の空気が急速に冷えていく。


 オバチャンはそんな夫の姿にガタガタふるえだす。



「ですから、父上……」


 さて、そろそろ生き残りをかけた一世一代の交渉をはじめるとするか。



「わたしに『松平』姓をいただけませぬか?」 



 さっきまで見せていたやさしいマイホームパパの顔を一変させた男に、おれはそう切り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る