第8話 秀忠

 

 慶長二十年五月八日 

 豊臣秀頼はその母・淀殿らとともに自害し、大坂夏の陣は終わった。


 世は徳川一強時代となり、これからは長期政権維持のための内政に専念することになるだろう。


 豊臣氏が滅亡しても、父・秀忠はなかなか江戸に帰ってこない。

 戦後処理や、幕府の基盤固めの法整備など、上方での仕事が忙しいらしい。

 

 その一環として、慶長二十年閏六月 一国一城令 発布

               七月 武家諸法度 禁中並びに公家諸法度 発布


 また、この年七月十三日をもって、元号も『元和』と改元された。


 元和偃武げんなえんぶ――応仁の乱以来百五十年ちかくつづいた騒乱が終わり、徳川の支配する平和な時代がきたと、天下に宣言したのである。




 オヤジが江戸にもどってきたのは、秋になってからだった。


 まずは大広間において、諸将・直参らからの戦勝祝賀および無事帰還したことへの祝辞等々のセレモニーがあり、秀忠オヤジが奥にあらわれたのは日も沈みかけたころ。


「上さま、こたびは祝着至極に存じあげまする」


 家族全員居並ぶ中で、最初にオバチャンが挨拶をする。


 全員といっても、すでに他家に嫁いだ三人の姉と、庶子の幸松(のちの保科正之)はこの場にいない。

 ここにいるのは、正室お江の生んだ独身の子どもだけだ。 


「ち、父上、おっ、大坂での勝利、おめ、おめでとうござ……います」


 オバチャンにつづき兄貴がどもりながら、必死で言葉をつむぐ。


 兄貴、おれの前ではあまりどもらないのに、なぜだ?

 やっぱり、父親に対すると、緊張してうまくしゃべれなくなるのか?


 おれの番になったので、


「ご無事なお顔を拝見でき、うれしゅうございます」


 先のふたりと文言がかぶらないよう、適当なことを言って、ニッコリ笑ってみせる。


 なにしろ、あれ以来、兄貴とのあいだに接点もなく、おれの粛清回避プランも行き詰ってきている。

 ここはひとつ起死回生の奇策で突破口を!、と考えたすえ、ある方法を試してみることにした。

 これには現将軍であるオヤジの了承がどうしても必要で、勝ち戦で機嫌がよさそうなこの好機に、かわいこぶっておねだりする作戦なのだ。


「父上、おかえりなさいませ」


 最後に末っ子の和姫がお辞儀をすると、


「みなも息災そうでなによりだ」


 三十台半ばほどのオッサンは、やわらかな笑みをたたえ、一同を見まわした。

 うわさどおり、温厚そうな人だ。


 徳川はもともと三河の土豪あがりの家だが、秀忠の母――兄貴やおれにはばあちゃんにあたる西郷局は、足利の血を引く名家だそうで、いわれてみればオヤジも目鼻立ちの整った上品な顔をしている。


「そして、このように千も無事に戻ってきた。めでたいことじゃ」


 そう言ってイケメン中年は横に座る二十歳くらいの娘を見やった。


「ほんに……千、よう帰ってきてくれた」


 涙ぐむオバチャンが娘の方ににじり寄る。


「……めでたい?」 


 ネーチャンは恨みのこもったジト目でオヤジをにらみつける。


「あれほどお願いしたのに……秀頼さまを助けてほしいと。なのに父上は……」


「……千……」


 オヤジは渋面を作り、絶句した。

 

 あ、なんか修羅場な予感が……。








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