第7話 見舞い
結局おれはまんじゅうを三個食ったところで、小姓たちに羽交い絞めにされ、三十郎に指を突っこまれてムリヤリ吐かされた。
それでも全部は出なかったらしく、その後、猛烈な下痢に襲われた。
あれから三日、奥医師の薬でようやく症状も落ち着いたころ、兄貴からの見舞いがきた。
「竹千代君より、秘伝の薬にございます」
そう言って遣い――三十郎は、小袋を乗せた三方を差し出した。
「さようなものはいらぬ!」
病臥するおれのわきで、オバチャンが発狂する。
「弟に一服盛った竹千代からの薬など、どうせ毒に決まっておるわ!」
今日も高そうな小袖を着たオバチャンは、鬼の形相で三方を薙ぎ払った。
「なにをなさいますか!?」
重たい半身を起こして見ると、部屋の隅に転がった三方と、小さいきんちゃく袋、その周辺に散らばる黒っぽい丸薬が目に飛びこんできた。
脱力しきった体を叱咤して、なんとかそちらに這っていき、四散する薬を手のひらに拾い集める。
こぼれていた丸薬をすべて回収し、三つ葉葵紋の刺繍がうかぶきんちゃく袋にそっとしまう。
「だれか水を」
一粒口に含み、水といっしょに飲み下す。
「やめよ! それは毒に相違ない!」
「兄上がわたしのために下さったものですよ」
「いや、先般はそなたを仕留めそこねたゆえ、とどめをすつもりなのじゃ!」
絶叫するオバチャンを冷めた目で見返す。
どの口がそれを言う?
毒を盛ったのはおまえだろう?
「国松! 吐き出しなさい!」
「おそれながら」
背後から怒りの波動が流れだす。
ハッとして振り返ると、三十郎の目が完全にすわっていた。
「竹千代君は、御台さまより賜ったまんじゅうを、国松さまに馳走されたのでございます。こちらではまんじゅうに一切手は加えておりませぬ。まんじゅうになにか盛られていたとするならば、それは御台さまのもとで入れられたものでございます!」
「まんじゅう、じゃと?」
オバチャンはいぶかしげに眉をしかめた。
「わらわは、竹千代にまんじゅうなど遣わしてはおらぬ」
「ほほう、ならば、あれはどなたから下されたものでしょう? たしか、そこにおられるお女中方が持ってこられましたが?」
「「…………」」
オバチャンの後ろに控えていたふたりの女中がビクリと肩を震わせた。
「梅、霜、そなたらなにか心当たりはないか?」
「わ、わたくしはなにも存じませぬ」
「わたしも……まったく身におぼえは……」
目を泳がせながらボソボソ答える女中たち。
挙動不審なその態度を、三十郎は険しい目つきで観察する。
「では……母上ではないのですね?」
思わずオバチャンの顔を見つつ、確認。
「むろんじゃ」
「さようでございましたか」
胸の奥に沈んでいた重苦しさがすこし軽くなる。
……よかった、いくらなんでも、実母に命を狙われるなんて、つらすぎる。
「ということだ、三十郎。この儀、しかと兄上にお伝えいたせ」
「はっ、かならずや!」
青年はさわやかな笑みで力強く請けあってくれた。
【後日、御台所付きの女中ふたりが、品川沖で
ちなみに水磔とは、満潮時に首部が海水に漬かる高さに逆さ吊りにして溺死させる処刑方で、報告を聞いた瞬間、その光景を想像してチビってしまったのは、今ではいい思い出だ】
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