第4話 あやしいお誘い


 あれからおれは、自室に連れ戻され、奥医師の手当を受けた。


 いつもなら、曲直瀬道三(二代目)・施薬院宗伯やくいん そうはくなどの名医がいるのだが、あいにく父・秀忠といっしょに大坂の役に出張っているようで、ほかの医者に診てもらった。


 とはいえ、曲直瀬も施薬院も本道(内科医)で、いなくてもあまり問題ないのだが、腕のたつ金創医(外科医)たちもほとんど従軍しているため、目下江戸は医師不足気味。


 この医者センセイ、だいじょうぶなのか?

 ……傷跡が残らないか、ちょっと心配。



 それからしばらく、竹千代あいつに会えない日が続いた。


 帝や将軍・大名など高位の家は、ある程度の歳になると、家族といえども別れて暮らすようになる。

 夫・妻・子、それぞれ別の部屋で寝起きし、食事も別。

 常にいっしょにいるのは身の回りの世話をする近習や女中たちだけで、家庭の団欒ぽいものはあまりなく、兄弟でもそうは簡単に会えない。


(うーん、どうやって近づこう?)


 なんとかすり寄りたくても、会えなければどうしようもない。


 だが、あれほど嫌われている相手にたやすく近づけるわけもなく、あせるばかりで時間だけがムダに流れていった。


 しかたないので、偶然の遭遇をもとめて庭をウロウロ。


 いつものようにボケーっと見上げる先には、ジッチャンが造った慶長度天守閣が青空をバックに白く輝いている。

 

 ちなみに、江戸城に天守閣があったのは、二百六十五年つづいた江戸時代の中で、最初の五十年だけ。

 家光が造った寛永度天守閣が明暦の大火で焼失して以降、二度と再建されなかったので、この絵面はある意味とても貴重なのだ。


 と、


「国松さま」


 ふいに、後ろから声をかけられた。


「おまえは……竹千代さまの小姓ではないか!?」


 おれの近習が声の主を見、とがった声音で詰問する。


「いかにも、それがしは竹千代君小姓、松平三十郎と申します」


 地面に片膝をついた青年はそう名乗り、かるく頭を下げた。


「兄上の小姓とな? わたしになにか用か?」


「はっ、竹千代君におかれましては、めずらしき菓子が手に入ったゆえ、弟君にもこれをふるもうてやりたいとおおせになられ、ご意向をうかがってくるようにと」


「兄上がわたしに菓子を?」


「さようにございます」


 うわ、なにこのタナボタ展開?

 

 なんとかあのクソガキに会う算段をつけようと必死で頭をひねってたのに、むこうから招待してくれるなんて!


 そりゃ、もちろん、


「相わかった。今すぐ案内せよ」


 もうYES一択でしょ!


「「「国松さま!」」」


「さように安易にお受けしてはなりませぬ!」

「またなにかお身に……」

「ご自重くだされ!」


 喜色満面のおれとは裏腹に、おれの小姓たちは青くなって制止する。


 バカ、なに言ってんの?

 こっちはここ数日接近するチャンスをもとめて、城内を徘徊してたんだ!


 あいつに会えなければ、媚びを売ることも、へつらうこともできないんだから!


「そなたら、口をつつしめ! 兄上がわたしに仇なすことなどありえぬ」


「「「なれど、先日も……」」」


 たしかに、あの時のケガはまだ治りきっていない。

 だから、こいつらの危惧ももっともなのだが……。


「竹千代君はその折の見舞いもかねて、茶菓を供したいとおおせなのです」


 へー?

 じゃあ、すこしは悪かったって思ってるんだ?


 だとしたら、関係修復の望みもなくはない。

 ますます行かなきゃあかんだろ!


「三十郎とやら、早う連れていけ」


「はっ」


 よしよし、あとは全力で取り入るのみだ。



 

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