第3話 そうそううまくいくわけない
「く、国松?」
きれいな着物が汚れるのもいとわず、血まみれのおれを抱いていたオバチャンは、驚いたような目でしげしげとおれを見つめた。
「かようなひどい目に逢いながら、兄をかばうとは……そなたはほんにやさしい子じゃ!」
黒目がちな瞳がうるみ、感動で声をふるわせる。
「いえ……本当に自分で落ちたのです。兄上はたまたま通りかかっただけです」
オバチャンがあのガキを責めれば、その鬱憤はかならずおれに向けられる。
そして、長年その思いが積み重なった結果、十八年後、切腹命令が出ることになるんだろう。
だとしたら、日常の些細な衝突ひとつひとつにも気を配り、なるべく悪感情を持たれないようにしておかないと自刃まっしぐらだ。
ところが、
「ふん」
かばってやったはずのガキはいっそう冷ややかな目でおれを見下ろした。
「こざかしいやつめ」
え? ええー!?
かばってあげたのにー!?
好感度アップどころか、なんなんだよ、その憎々しげな顔はー?
あ、そうか。
こいつの目には、おれが『加害者の兄をかばうデキた弟』を演じて、周囲の心象をよくしようとねらうイイ子ぶりっこに見えているのか?
うそ、こんな早い時期に、もうそんなやばいレベルに!?
これは……取り入るにしてもそう簡単にはいかないかもしれない。
だが、ここであきらめるわけにはいかない。
石にくらいついてでも懐に入って、保科正之ポジションをめざすんだ!
天寿を全うするためにっ!
「御台さま」
しばらく口を閉じていた兄貴の乳母がおもむろに呼びかける。
「ここはひとまず手打ちとし、国松さまの手当てを優先いたしませぬか? かような所で言い合っておるより、早う御殿医にみせた方がよろしいかと」
どういう意図で言ったのかは不明だが、乳母の仕切り直し提案はありがたい。
「母上~、痛うございまする~」
涙目プラス上目づかいで、哀れっぽく訴えると、
「そうじゃな。だれか、早う御殿医を! 朝倉! 国松を部屋に!」
お福の一言で、険悪なバトルはとりあえず収束にむかう。
フリーズしていた女中たちがあわただしく行きかい、『朝倉』とおぼしきオバチャンはおれを受け取って大事そうに抱きかかえる。
「どうぞ、お大事に」
抱っこされたおれに、お福は嫌味なくらい丁寧に会釈をした。
その傍らでは、今世における兄が、いまだに冷気をふくんだまなざしでおれを見すえていた。
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