第二十六話 『嵐道』
僕の頭は時間が経つにつれて、どんどんクリアになった。言い方を変えるならば『無駄』を省いていく。
ーー興味が持てない存在は殺せばいい。
ーー人なんて、死ねばただの肉塊なのだから。
『天理』であった頃の記憶が徐々に薄れるにつれて、執着と呼べる程に思い浮かべたのは彼女の事だけだ。
(天音が好きだ。天音が好きだ。天音が好きだ。天音が好きだ。天音が好きだ)
ずっと脳内を反芻し続ける言葉は、最早『自己暗示』と呼んでも差し支えないレベルだろう。それ程に、僕は彼女の事を忘れたくない理由があったのだから。
「て、んちゃん?」
「起きたの嵐兄? そのまま眠っていた方が幸せだったかもね」
ぼうっとした瞼を擦る兄から、呑気な視線を向けられた。この人は本当に自分の犯した罪を理解しているんだろうかと、軽く嘆息する。
「おぉ! やっぱり僕の警護兵が別邸の人間だと知っても皆殺しにしたんだね!! 流石だよ天ちゃん!」
「…………」
大袈裟な身振り手振りで歓喜に酔い痴れる男を見て、僕は何故か虫カゴを思い出した。あまりにも自己本位で滑稽だからだ。
「嵐兄の望みってさ。多分、僕の感情を揺り動かして憎しみのままに殺される事なんでしょ?」
「そうさ! 化け物であり、愛しい弟である天ちゃんに殺される事こそ至福! でも、二人で生きていけるなら全てを捨てても構わないよ」
「なら、その望みは両方叶わない。僕は嵐兄にとって最大の絶望を与えると思うから」
「ーー??」
嵐兄はこの時、幼子の様なキョトンとした瞳をしていた。それもその筈だ。きっと、天才でも予測し得ない『現象』が僕に起こっているのだから。
ーー『強奪』
天音が死んで僕から奪った五感の一部と共に、彼女の経験と能力は僕の一部となった。天音が死んでも僕の中で息づいていると思うと、自然と胸が温かくなる。
でも、それも短い時間の中だけだ。
きっと記憶を失えば、彼女の事を覚えてはいられないし、『僕』は『天理』じゃいられない。
少しずつ、侵食というべき『無』が胸の中に広がっていくのを感じる。
(やっぱり時間が無いな……)
「ごめんね。僕は嵐兄の事を嫌いじゃなかったんだけど、今から酷い事をするよ」
僕がそう言って手を翳した途端に、嵐兄はキラキラとした瞳を向けて身体を擦り寄せてきた。きっとこの人はわかってないんだろう。
「何がそんなに嬉しいの?」
「あぁ! そんなに冷たい視線を送られたら、お兄ちゃん、ド、キ、ド、キ、しちゃいまーーす!!」
「嵐ーーいや、貴方に送るのは『真の闇』だ。かつて天音が僕に施した以上に全てを奪わせて貰う」
右の掌でアイアンクローの様に嵐兄を持ち上げると、僕はスキル『強奪』を発動して、嵐兄の五感を奪った。
「ーーーーカヒュッ⁉︎」
死なない様に加減した上で、『白夜』の刃を走らせ喉元を裂く。
「言葉すら発せず、風の音すら聞く事すら出来ない闇の世界で生きなよ。二度と会うことはないと思うから一応言っておくね。ーーさよなら」
殺す事は容易いけれど、それが嵐兄の幸せに繋がってしまうのであれば避けたかった。
(きっと、あの人は勝手に死ぬだろ)
絶望した人間の先など興味も無い。さぁ、この後は本能のままに狩りをしよう。
「ずっと言いたかった。『天理』としても、今の自分も変わらない想いがただ一つだけハッキリしている」
ーー僕は双火姉さんが生理的に嫌いで、ずっと『殺したかった』んだ。
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