第二十五話 『恐怖』

 

 僕は二刀の小太刀を握ると、自然に逆手に構え腰を落とした。何故だか分かる。きっと、これが天音の構えだ。


(これはもしかして……)

 脳内で一つの仮定を立てていると、不思議な事に、物陰に隠れていた嵐兄の私兵が自ら姿を現し始める。


 みんな素顔を晒さない為に、目元だけが開いたマスクを被っていたけれどバレバレだ。遠くからでも嗅ぎ慣れた体臭は隠せない。


 ーー普段から草木を弄っており、土の匂いが手に染み付いた佐藤さん。


 ーースパイスを巧みに使って、嗅覚を刺激する美味しい料理を作ってくれた北島さん。カレーは最高に美味しくて、天音すら舌鼓を打っていた。


 ーー別邸にいる間、僕の案内役を務めてくれるメイドの京子さん。彼女はいつも同じ香水を使っている。


「やっぱり、みんなが嵐兄の警護役だったんだね。他にも嗅ぎ慣れた匂いがするよ?」

「申し訳ありません天理様……ですが、何故……田中さんを殺したのですか? 確かにあの方は復讐に取り憑かれた様に自らの肉体を酷使し続け、鍛えておりましたが、ーー貴方を殺す気など無かった」

「それがどうかしたの?」

 この人達は一体何を言ってるんだろうか。何かの罠なのかと思って警戒するけれど、みんなは驚きに目を見開いた後、ゆっくり視線を落とした。


「今の答えだけで分かりました。もう、我々の好きだった天理様は消えてしまわれたのですね……」

「正確にはこれから消えるよ。無価値になった世界に興味は無いし、『雨の御三家』の関係者は『全員』殺す」

 覚悟を決めたのか、皆が僕を見る目の色が変わる。それは甘さを捨てた証。決別の意志を秘めていた。


「我らは『雨竜家』の盾であり、矛! その様な狼藉を決して見逃す訳には参りません!!」

「「「ご覚悟を!!」」」


 ーーボシュッ!!


 次の瞬間、合図と共に互いの中心へ催涙弾が撃たれた。僕は発射音から直ぐ様瞼を閉じて目元を腕で抑え、息を止める。


『ザザッ!』と一気に散開した事から、彼等は防護マスクを準備していたのだろう。狙いは離れた位置から僕の四肢を狙った狙撃、もしくは無効化だ。


(でも……やっぱり甘いなぁ)


 ___________


「嵐道様を回収次第、第2部隊は離脱せよ。我々は主人の指示通り『化け物モンスター』の捕獲に入る。『強奪者スィーズ』の死体も回収するんだ」

 田中が死んだ際、部隊の命令権を譲渡された佐藤は、事前に嵐道から出されていた指示通りに作戦を進めようと兵士を展開する。


 自らは天理が想定外の行動を起こした際、真っ先に指示を出せるように周囲を警戒しながら、スコープ越しに影を覗いていた。


「今しか機会は無い! この隙にモンスターの両足を狙撃しろ!!」

「ガファッ!」

「ーーーー⁉︎」

 だが、命令と同時に耳に届いたのは部下の呻き声。佐藤は再度催涙弾の煙の先にいるターゲットへ視線を向ける。


 答えは直ぐに明かされた。天理はヒラヒラと手を振りながら、瞼を閉じたまま銃を構えていたのだ。そして、その口径が自分に向いている事も。


「いつの間に……銃を」

「答えは天音の着物の裾裏に、だよ」

 佐藤の額を撃ち抜くと、天理は銃を放り捨てて『白夜』、『極夜』の小太刀を再度手にとって一気に疾駆した。


 残った兵士達は捕縛などという甘え考えを捨て、一斉に銃を撃ち放ったが遅い。ーー向かった先に視線を向けたが最後、引き金を弾けない状態へ陥った。


「この先には嵐兄と、救助に行った仲間がいるんでしょ?」


 ーーゾワッ!!


 全てが計算された行動であるのだと、向けられた少年の満面の笑みを見て兵士は悟り、固まる。同時に悪寒が背筋を迸り、死神に首筋を撫でられるかの様な悍ましい感覚に震えた。


 ただの恐怖。しかし、最上で極上の恐怖。


 なぜなら救助に向かった第2部隊の中で、真っ先に天理が首を刎ねたのは、親しい中であった『はず』のメイドの京子だったのだ。


 天理は京子のマスクを奪い取って被ると、吹き出る血飛沫に皆が唖然としている中を、そよ風に揺れる柳の様に舞いながら『狩り』を始めた。


 絶対的な強者。言葉で言うのは簡単だ。別邸宅の兵士達にとってそれが『田中』であり、目標として尊敬し続けた人物は、情にほだされて『殺された』のだと思い込んでいた。


 ーー違う! 違う!! 違ううううううううっ!!!!


 最初に絶叫したのが誰かなど、最早どうでも良かった。『恐怖』に打ち負けた者が一斉に逃げ出して、勇敢に立ち向かった者から死んでいく。


『恐怖』の連鎖は止まらない。


「……凄いなこの小太刀。骨を切ってるのに全然反発を感じない。肉だけを切ってるみたいだ」


 そんな呟きを天理が漏らした後、周囲に動いている兵は一人もおらず、生きているのは気絶している嵐道のみだった。

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