第二十四話 『田中』

 

 僕は咆哮しきった後、真っ赤に燃え滾る怒りが、自分でも驚く程に急速に冷めていくのを感じていた。

 グルリと腕を回して、同時に首を鳴らすと周囲を一瞥する。


「隠れているのは三十二人って所かな。でも、まずは仇を討たせて貰う……」

「天ちゃん復活おめでとう〜! お兄ちゃん幸せ過ぎて気絶し、そ、うーーです!!」


 ーーパンッ!


「……えっ?」

「悪いけど邪魔だから今は寝てて? 大丈夫。後でちゃんと殺してあげるからね」

 両手を広げて無防備な兄の顎を掌底で打ち、真逆から瞬時に添えるように脳を揺らして昏倒させた。糸の切れた人形の様に崩れ落ちる姿を見ても、胸の内に湧き上がる感情は皆無だ。


「そろそろ起きてよ、田中さん。それともそのまま死ぬ?」

 爆弾で焼け焦げた姿は演技。肉体を流れる血と心音に耳を傾ければ、容易に分かる児戯。天音はやっぱり化け物ボクの耳をちゃんと使い熟せてはいなかったんだろうな。


「いやはや、御見逸れしました。いつからお気付きになられたのですか?」

「五感が戻った直後から気づいてたさ。それより質問を返す様で悪いんだけど、教えて欲しい事があるんだ」

「何なりとどうぞ」

 紳士的な振る舞いでヒラリと右手を仰ぐ田中さんへ、初手から確信を突く。


「どうやって天音を殺したの?」

「ーーーーッ⁉︎」

「本当に銃弾の音はしなかった。サイレンサー付きでも、亜音速に抑えた銃でも、ーー天音に気付かせないなんて事は不可能だ」

「……どうして私が殺したと気付いたのですか?」

「ん〜? 何となく直感だと言っておくよ」

 田中さん(自称)は右手の裾を巻き上げると、小銃というよりも暗器に近い代物をチラリと覗かせた。


「これは嵐道様が長い年月をかけて心血を注いで作りあげた、完全なる無音銃でございます。全てはこの一瞬の為、たった一度しか使用出来ません」

「嵐兄の執念は凄いね。そこまでして僕を目覚めさせたかったのか? それとも、天音を殺したかったのかな?」

「答えはどちらもイエスでしょう。私もこの時をどれだけ待ち侘びた事か……」

 先程から田中さんの瞳には徐々に憎しみの炎が巻き起こっている。アレは完全に今の僕と同じ類の感情だ。


「そっか。僕は田中さんの大切な人を奪ったんだね」

「えぇ。貴方様が玩具の様に別邸の人間を殺し尽くしたあの日、私の妻は死にました」

「違うよ。きっとその時に田中さんも死んだんでしょ?」

 この人はとっくに壊れてる。感情を爆発させたくても、叫ぶ事すら出来やしないんだから。


「……妻の事を次第に思い出せなくなり、貴方様への復讐を契約として嵐道様を守り続けていくうちに、一つ気づいた事があります」

「ーー何?」

「僭越ながら、貴方様は生まれてきてはいけなかったのでは、と」

「……うん。そうかもしれないね」

 僕を巻き込んでどれだけの人間が死んだんだろうか。その事を考えても罪悪感すら湧きはせず、言葉が胸に刺さる事も無かった事実から、僕は自然と認めてしまった。


 ーーやっぱり、この世界は無価値だよ。


「田中さん。そろそろいいかな? 知りたいことは知れたし、正直僕には時間が無いんだ」

「それならば、私は貴方様を殺す為に最善の努力をさせて頂きます!」

 田中さんは両手の白い手袋を外すと、雨竜家の武とは違う不思議な構えをとった。『闘気』なんてものは目に見えないけれど、裂帛の気合いが空気の振動と共に伝わってくる。

 右手を顔面横に添え、左手を逆手に腹元へ。足は蹴り足を読ませぬ様に揃っていた。


(馬鹿だなぁ。構えなんて無意味なのに)

 僕はゆっくりと歩き始めて田中さんとの距離を詰めると、全開まで目を見開く。僕に天音や血族の様な『異能』はない。

 ただ、身体能力が高い『だけ』だ。


「天理様! お覚悟を!」


 ーーヒュッ!


 常に身体は脱力し、力を込めるのは攻撃を仕掛ける一瞬だけでいい。狙うは面ではなく点。人を殺すのなんて、『指一本』あれば事足りるのに、何でみんな構えたり吠えたりするんだろうか。


 田中さんの右腕は遅すぎて、避ける価値も無かった。当たるまでにどうやって殺そうか何パターンか考える余裕すらあったけれど、面倒くさい。


「すぐにみんな行くから寂しくは無いよ。バイバイ田中さん」

 骨の隙間を縫うように急所を貫いた。呻き声一つあげる事も出来ず死ぬ気分はどんな感じだろうと、知りたくもあるけど振り返りはしない。


(さぁ、嵐兄が起きるまでに隠れている奴等を殺そうか)

 天音が使っていた二刀の小太刀を鞘から抜くと、あえて『彼女ならこう構えただろう』と想像して、『殺人ゴッコ』をする事にした。


 何も楽しくはないだろうけど、所詮は八つ当たりだからいいかな。

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