第二十三話 『慟哭』
私は浮かれてしまっていたのかもしれない。
天理と口付けを交わした直後。考えれば分かる事だ。最も隙が生まれる瞬間。敵がそんなドラマチックな場面を狙うだなんて認めたくないし、認められない。
ーーでも、それが雨竜嵐道という男だった。
「……チェックメイト」
音は鳴らなかった。たった一言呟かれた後に感じたのは熱。そして激痛。私は即座に天理に悟られぬように左胸を抑えて退いたが、無駄だろう。
「撃たれたのか天音っ⁉︎」
「……ゆ、だんしちゃったな」
こんな時、昔に『強奪』しなかった嗅覚の鋭さを恨む。天理が血の臭いに敏感なのは普段から分かっていた。
記憶が無くとも、幼い頃に擦り込まれた習性は中々消えないものだしね。
(だめかぁ。急所を的確に貫かれたわね……)
眩む視界の中、私は脱力して地に伏した。傷口は熱いけど、何故か頭の中はとてもクリアで、他人を観るみたいに客観的に状況を判断出来る。
次第に左胸元から溢れる血が頬を濡らした。天理が何か叫んでるけど、ーー聞こえない。
潤んだ視界は、まるで水の中にいる様だと楽観的に考えていた直後、天理が私をお姫様だっこしてくれた。
(うん。夢がもう一つ叶ったかな)
愛する人に口付け出来る人間は、この世の中にどれだけいるだろうか。『恋は盲目』などという言葉があったけれど、私は化け物に恋い焦がれたのだ。
「……あいしてるわ」
「あぁ、僕も君を愛してる」
彼の口元の動きを見てなんて言っているのか、辛うじて理解できた。
ーー嬉しいなぁ。
ーー幸せだなぁ。
「あぁ、死にたくないよぉ。てんりぃ……」
薄れる意識、もう時間が無いとはっきり感じとった命が溢れる瞬間に、私は言ってはならない一言を洩らしてしまった。
(最後くらい、いいかな)
「ごめんね……」
__________
天音の体温がどんどん下がっていく。
それと同時に僕の目頭は熱く、聴覚が研ぎ澄まされるのを感じた。
ーーまるで彼女の命を僕が吸っているみたいに、残酷だ。
補聴器を外し、ピクピクと痙攣する瞼をゆっくり開く。彼女の最後の言葉と、表情をこの記憶に焼き付けるんだ。
この後何が起こっても、僕はその光景を絶対に忘れはしない。視覚だけでは足りないと、肉を千切る勢いで右手の甲を噛む。
僕に何で謝ったのか分からぬまま事切れてしまった天音の表情は、薄っすらと微笑みを浮かべており、清廉だった。
(想像通り、凄く綺麗だよ天音……)
黒髪を梳く様に撫でた後、半目を閉じ、両手を組む様にして彼女を地面に寝かせる。なんだか心持ちが悪かったので、上半身の制服を脱いで巻くと、枕がわりにした。
ーーシャツもいらないか。どうせ汚れるしな。
上半身裸になると、天音にかける。その際に腰元に備え付けられていたホルダーを外して、短剣二本を借りた。
巻こうとしたのだけれど、思ったよりも彼女の腰は細かったみたいで、尺が足りない。
「ふふっ!」
思わず笑ってしまった。天音は常に僕の料理を作る為の試食で、食べ過ぎを気にしていたから。
『レディーに対して失礼ね! 私はしっかりと鍛えてるんだから!』ーー彼女が生きていたらそんな事を言って、きっと僕を叱ったんだろうな。
(あぁ、悲しいよ……この瞬間にも天音と出会った頃の記憶が割れていく)
誰のせいかと冷えついた頭で考えば考える程に、答えは『僕のせい』だと行き着く。そうだろうとも。彼女はか弱く『脆弱』で、『惰弱』で、感覚を欠損した『貧弱』な僕の為に死んだのだから。
「なら、これは単に苛立ちをぶつける程度の八つ当たりになるのかなぁ」
別に理由なんていらないか。彼女の記憶を全て失う前に事を全て終わらせよう。
ーーグガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
僕は頭が真っ白になるくらい、全力で咆哮した。後は狂乱の宴に舞おう。
「僕を起こしたお前らを絶対に殺す!!」
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