第二十二話 『救出』
天音は拘束されたまま、身動きの取れない自分の肉体を徐々に弛緩させる事に努めた。
(拳一つ、抜き出せる隙間があればいい)
関節を自ら外そうと思案するが、音で直ぐ様田中にバレると考えとどめた。一瞬の隙すら与えない程の胆力は眼を見張るものがあると、敵ながら敬意を抱く。
天理は同時に嵐道の真意に気付いた。先程の発言は『天音を動揺させる』類のものだ。それは即ち彼女がこの場にいる事に他ならない。
「ねぇ、嵐兄。僕は父さんから全てを聞かされたんだ。だから、無駄な挑発は無意味だと思う」
「……なんで、天ちゃんは怒らないの? 理不尽じゃないか。力ある者がそんな風に弱者に乏しめられるなんて」
「嵐兄の気持ちは嬉しいけど、僕はずっと幸せなんだよ。こんな日々が毎日続けばいいなって思いながら、天音と生きてるんだ」
「ーーーーッ⁉︎」
嵐道は向けられた義理の弟の表情を見て、明らかに動揺した。全ては天理の為にと考えて動いてきた自分の行動が否定されるに等しい発言。
そして、幸せを確かに感じ取っている顔を向けられたのだ。
「天ちゃんは、間違ってる!」
「間違ってないよ。だって、僕は嵐兄も田中さんも殺したくないんだから」
「俺は天ちゃんになら殺されたって構わない! 激情に身を委ねて憎しみに呑まれながらこの肉を裂けばいい!」
「……あのねぇ。前々から言いたかったんだけど、嵐兄のそういうところはマジでウザいよ?」
目が見えていたら、氷冷の視線を向けられていたに違いないと感じさせる程に、天理の言葉の発し方は冷めていた。
(こんな天ちゃんも……イイ!!)
ゾクゾクと背筋を奔る快感に酔い痴れながら、嵐道は脱力して地面にしな垂れる。同時に迷いを抱いた。
「幸せか……」
だが、一瞬漏らした呟き、逡巡する兄の思考を天理は見逃さない。すかさず声の元へ回りこむと同時に右腕を首元に回して、外れぬ様に左腕でロックする。
「ガッ、ヒャッ⁉︎」
「油断したね。天音が何も言わないって事は、田中さんあたりが拘束してるか脅してるじゃないかな?」
天音と田中は驚愕に眼を見開く。齎されたのは田中の躊躇い。主人を助けるか、天音を留めておくかが脳裏に過ぎった隙。
ーー強かな女が見逃す筈がない。
「白夜! 極夜!!」
「ーーしまっ⁉︎」
二刀の短剣は瞬時に球体型の爆弾の繋ぎ目を両断した。身体を回転させると、天音はすかさず田中の影へと隠れる。
ーードゴオオオオオオオオオンッ!!
「……思ったより小さな爆発だったわね。本当に私を殺すだけが目的かのような作りは流石だわ」
辛うじて死せず意識を失った田中の肉体を放り捨てると、天音は闇夜を疾駆して極夜の刃を嵐道の首元にあて、躊躇うことなく天理に口付けを交わす。
「〜〜〜〜〜〜ッ⁉︎」
「私を助けてくれてありがとう天理! 愛してるわ」
「ど、どういたしました……」
赤面する少年の頬を指元でなぞり、天音は妖艶な笑みを浮かべた。
運命が覆ることは無いのだと、知らぬままに。
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