第二十一話 『深愛』

 

 ーー全てを失ってでも、私は彼を守ろう。


 そう決意したのは、初めて天理と出会った道場の一幕をこの視界に焼き付けた時だろうか。口元から血を滴らせ、肉を食む姿。

 瞳から流れ出る一筋の涙。そう、涙だ。


 己の行なっている行為に対する背徳感を、小さな身で一身に受け止める姿。ーー美しいと思ってしまったのは、そこに正と悪の概念が存在しないからだった。


(この子は望まれたから殺しただけ。そして、苦しいから肉をむのね」

 到底理解する事など出来ない思考。だが、特異な環境に生まれて生を憎みながら過ごしていた私にとって、天理は革新とも言える新たな生き方を見出してくれた。


 ーーたった一人、理解されない化け物。


「私は貴方の伴侶になる。全てを理解し、全てを肯定し、全てを受けとめられる存在に……」

 きっと、その為に私の『時半』の特異能力スキルはあるのだと思った。


 無為に流れる時の流れの中で、彼と過ごす時間を少しでも伸ばしてくれるのであれば、この上ない程に自分を愛せる気がする。


 今、目の前で私の隠し通してきた真実は白日の下に晒されてしまった。軽蔑されるだろうかと、憎まれてしまうだろうかと、ーー嫌われてしまうだろうかと怯え、失禁してしまいそうな程に胸の鼓動は高まり、全身の筋肉が緩み、意識が遠退く。


 ーー私の全ては天理で出来ているのだ。


 そう言っても過言でない程に私は彼を愛している。彼が右を向け命じれば右を向き、左を向けと言えば左を向こう。

 幼子を殺せと命ずならば躊躇いなく刃を振り下ろすし、髪を剃れと言われれば坊主になっても構わない。


 でも、嫌われるのだけは嫌。憎まれてしまったら、私は天理の憎む私を殺さなければならないもの。

 嵐道が企んでいた事柄は、確かに余興に相応しいと認めざるを得なかった。


「や……めて……」

 自然と漏れ出た言葉。弱音。生娘の戯言。認められる訳がない。


 天理がどれだけ苦しんできたかを知っている。ずっと側で彼を支え、姉のフリをしながら寄生虫の様に生きてきたのだから。

 ーー『化け物』は今も眠っている。

 私が死ねば、彼は『視覚』と『聴力』と共に失われた記憶を取り戻して本来の天理に戻るだろう。


 絶対にそれだけは防がねばならない。私が異能者として心を奪われたのは確かに化け物であった天理だ。だが、共に過ごしてきて女として惹かれたのは、一緒に生きてきた天理なのだから。


 嵐道と双火は化け物としての天理を目覚めさせたいらしい。その先に待つのが『破滅』だと分かっているのだろうか。


「ーーもう知ってるよ。天音が僕の『目』と『耳』を奪ったんだろ?」


 ーーあぁ、私は彼の為に生きて来て良かった。


 一言呟いた後に、天理は見えてもいないのに何故か私の方を見て微笑んでくれる。繋がっているのだ。どれだけ離れても、私と彼は繋がっていると確信を持てた。


 もう怖くは無い。全力で彼の為に戦った後に、ーー私はここで散ろう。


 こうして、私の全ては天理バケモノに受け継がれる。

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