第十三話 『覚悟』
今日、私と今の
所詮は借り物の力。どれだけ優れた動体視力と聴力による先読みと磨き上げた反射を駆使しても、数の力には勝てる程戦いは甘く無い。
相手が嘗めてくれるのであれば勝ち目もあっただろう。だが、十中八九『雨竜双火』は私をいたぶり尽くせる程の戦力を準備している筈。
(まぁ、彼を人質に取られてる時点で詰みだよね……)
先程殺した暗殺部隊の一人は、必死に彼がどうなっても良いのかと捲し立てていたけれど、筋違いな脅迫も良い所だと思わず吹き出しそうになった。
元々、双火の狙いは私と『今』の天理なのだから。取り戻す手筈が整う迄に、命を奪う訳が無い。
「フンフッフフ〜フ〜ン。フッフッフフ〜フフ〜ン」
冷たいアスファルトを軽くスキップしながら、何処かで聞いた事のある音楽を口ずさんでみる。感傷に浸っているのだと実感すると、余計に可笑しく思えたのだ。
(政宗様に宣告された時から、死ぬ覚悟くらい出来てると思ってたのになぁ……)
私は本邸に向かう前に、一度家の自室に戻った。衣装箪笥から用意していた着物を取り出すと、袖を通して帯を締め、襟を正す。
赤を基調とした色彩を選んだのは、どうせ返り血に濡れるなら丁度良いと閃いたからだった。
ーー私の死装束としても丁度良い。
政宗様から承った二本の小太刀の鞘を帯元に差し込むと、鏡の前で一度抜き去る。
白き刀身を煌めかせる『
「とうとう、この子達を使う時が来ちゃったなぁ……」
長い髪を結い上げると、刃を根元に添える。戦いの邪魔になるから切ろうと思ったのだけれど、不意に思い留まった。
「天理はきっとロングの方が好きだわ。そう言えば以前ポニーテールを想像して欲情してた気がする……」
危ない所だった。私の髪の一本までこの身体は彼のモノなのだから。
準備を整え終わると、小太刀を仕舞う前に人差し指の先を軽く突いて血を垂らす。そのまま唇をなぞって口紅の代わりにした。
(そろそろ行こうかな……もうこの家に戻って来る事もないしね)
自室を出ると天理と過ごした家を一周だけ回って、外に出る。
本邸や別邸に比べれば本当に小さな一軒家だったけれど、ここは宝物の様な思い出に溢れていて少しだけ目頭が熱くなるのを感じた。
ふと、彼に伝える最後の言葉は昔から決めてあるのだから、この台詞は此処で言うのが相応しいと玄関の扉を抜けた所で振り返る。
「今までありがとう、さようなら……」
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