第十四話 『双火』

 

「どうせ俺達はまがいものであり、その中でも特筆して滑稽で哀れな人物こそ、双火……貴女だ」

 真実を見つめるのが怖かった訳じゃない。それでも、誰かに突き付けられるまでは、と目を背けていたのは事実だ。


 それに、私は必死で生きて来たと思う。誇りある『雨竜家』の一員として、いつの日か家督を継ぐ者だと言い聞かされて育っていたし、弟達は正直相応しくないという自負があった。


 養子である『天音アマネ』を嫌悪していたのは、『雨竜家』に何処の骨かも判らない穢らわしい血が混じるのを拒む、純粋な忌避感からだ。


 ーーそう。私は騙され続けた道化なのね。


 嵐道は頭の良い子だ。天理テンリに媚びる節があるのも、きっといつかあの化け物を飼い慣らそうと企む強かさからだと考えていた。

 そして、私に真実を告げて動かそうとする行動すら、計算しているかの様に思えて仕方がない。


「良いわ。口車に乗せられるのは本来趣味では無いのだけれど、今回ばかりはお礼も兼ねて貴方の計画に付き合ってあげる」

「共通の目的がある以上、俺達は協力し合えると思うんだけどね?」

 肩すくめてやれやれと言った仕草を取る弟の背後には、田中と呼ばれている執事が控えている。武器は取り上げる様に指示しておいたが、この男相手では無駄だと思える程の内在する殺意を放っていた。


 表向きは和かに。こういう類が一番タチが悪い。


「お父様を失脚させ、私は『雨竜家』の当主になるわ」

「俺は天理をあるべき形へと戻す」

 確かに目的は合致してるのだろう。それでも言い知れぬ不安が脳裏を過る。それ程に嵐道は緻密であり、智に長けているからだ。


 ーーそれでも良いでしょう。真実を突き付けられてしまった私に退くべき道など無いのだから。


「「邪魔な『天音』を排除する!!」」


 これは私の本当の人生の始まりの日。

 そして、自分の命をベットした人生最大の賭けの始まり。


「どちらが勝つか勝負よ、天音……」

 既にお父様は手中に納めてあると聞いた。天理の確保は間も無く終わり、あの女は動き始めるだろう。


 身震いする身体を両手で抑えつけた。これはきっと武者震いだ。

 私は何よりもあの女が恐ろしい。これは認めたくないけれど純然たる事実。


「私の手で、化け物を殺すのね……」

「うんうん! その調子だよ姉さん!」

 その後、嵐道から渡された計画書に目を通して私の懸念は確信へと変わった。恐ろしい弟と手を組んだものだ、と。


 __________


「田中、暫くの間双火を見張れ。計画に余計な手を加えぬ様に」

「了解致しました。御身の護衛には部下を数名潜ませておきます」

「死ぬ覚悟は出来たか?」

「皮肉を述べなさるな……」

 双火に作戦の概要を伝え終えた後、嵐道は本邸の庭園に設置された噴水の端に腰掛けて、軽い溜息を吐き出した。


「さぁ、始めよう。『雨竜家』の終わりと、化け物の復活さ」

 穏やかな表情にそぐわぬ瞳に宿された炎は、全てを焼き尽くす程の決意と憎悪に満ちている。


 嵐道が待ちに待った時が訪れたのだ。

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