第十一話 『誘拐』

 

 喉元に突き付けられた短刀。

 薄皮一枚を裂いて、四方から死角無く僕は捕らえられた。

 焼け付く様な、ひりつく様な鈍い熱さを感じながら、ーー耳元で囁かれた低い声色。


 思えば今日は朝から何か違和感を感じていた。常に香水の匂いが鼻腔を擽ぐる甘ったるい感覚に襲われていたが、僕等が通う高校は女性の方が生徒数が多い。


 些細な事だと天音に窘められて、警戒心を解いてしまったのだ。普段の彼女ならばこんなミスは絶対に起こさない。

(どうして気付かなかったんだ……こいつら、天音にも何かを仕掛けたに違いない)

 抵抗して右側の男を投げ飛ばしてやろうかという思いが脳裏を過ぎった直後、タイミングを見計らったかの如く、肩に掌を置かれて制止させられる。


「安心しろ……今はまだ殺さない。お前は目標ターゲットを誘き寄せる為の餌だ。乗れ」

「……断るよ。餌になると分かっていて、自ら車に乗り込む馬鹿にはなりたくない」

 この時、僕はある種の賭けに出た。狙われているのがもし『天音』ならば絶対に僕の命を奪う行為に敵は移れない、と。


「その発言すらも全ては主人の思惑通りだ。そして、言伝を預かっている」

 ーー『もう一人の弟は、既に捕らえた』

「〜〜ッ⁉︎」

 嵐兄がそんな簡単に双火ソウカ姉さんに捕まる筈が無い。田中さん(自称)だって常に側に控えている。絶対にこれは『嘘』だ。


 ーーチリンッ!


「い、今の音……もしかして……」

「嵐道様が専属の執事を呼ぶ時に鳴らすのだろう? 耳元で鳴らせば、流石に真実を理解するだろうと命じられた。もう一度だけ言おう、乗れ」

「……わかったよ」

 ほんの少しでも隙を見せればこの場を突破する策はあった。思考を巡らせ、時間を稼ぐ手立ては存在したんだ。

 相手が双火姉さんの部下。即ち、『雨竜家』の『特殊部隊スペシャル』でさえ無ければ。


(ごめん、天音アマネ。どうか、僕なんかの為に来ないでくれ……)

 無言のまま、肌の感触から車へと放り投げられた。

 首元にチクリと違和感を感じた後、僕の意識はグラグラと揺らぎ、そのまま意識を失った。


 __________


「作戦の第一段階ファーストフェイズクリア。『第一目標モンスター』は確保。これより『第二目標スィーズ』の捕縛に向かう」

「了解! 彼女は覚醒の鍵である為、殺害許可は降りていない。先ずはこちらの手札カードを切れ。主人の推測通りであれば、きっとそれで沈黙する」

「……そう簡単に上手くいくとは思えないがね……」

 男の視界の先には、既に現状を悟った鬼気を放つ存在が映った。流れる冷や汗を拭い、夕闇に紛れつつ作戦ミッションは開始される。


 全てはこの日から終わりを迎え、眼前を歩く少女は歓喜していた。

 今日、この日の為に彼女アマネは『雨竜家』の闇を背負い、自らの爪を磨き続けてきたのだ。


 ーー憎き『雨竜双火じゃまもの』を殺す。ただ、それだけの為に。

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