第六話 『天才』
僕は一ヶ月の内、毎月二十六日に唯一兄と呼べる人の元へ招かれる。
兄弟なのに『招かれる』という言い方をするのは、本当に客人の様な扱いを受けるからだ。
学校の帰りに迎えの車が来て、天音と別れた時の周囲の喧騒がそれを物語る。
「何だよあの車……テレビでしか見た事ねぇぞ。おい! ツイッターに載せようぜ! 撮ってくれ!」
「う、嘘! もしかしてあの子って逆玉? 何組か知ってる⁉︎」
「チッ! 気に食わねぇなぁ! 出来損ないの癖によ」
「ほら、あの子って例の……」
僕は深い溜息を吐きながら、補聴器を外したい程に鬱になる。天音から聞いた話じゃ、まるで貴族を迎える様に、数名の執事が車のドアまで両サイドに控えているらしい。
風から伝わる気配で大体予測はついていたけど、思い浮かべただけで青褪める。こんな事で目立つのはごめんだ。
(だから、学校まで来るのはやめて欲しいって何度も言ってるのになぁ……)
「
「毎月ご苦労様、田中さん。どうせ
「ハハッ! その通りですが、そう邪険になさらないで頂きたい。多忙な我等が主人にとって、毎月この日だけが息を抜ける至福の時なのでしょう」
「まぁ、天音がいない日は僕も退屈だから構わないけどさ! ここは目立つから早く行こうよ」
「畏まりました、どうぞ」
開かれた高級車のドアに手を引かれる。本当に至れりつくせりなのは構わないけど、僕はそこまで無能じゃ無い。
「車に乗る位、自分一人で出来る。目が見えない程度で過保護はやめてくれ」
「おやおや、これは手厳しい。私の今月の楽しみが潰されましたなぁ」
田中さん(偽名)は、嵐兄の話を聞いて何故か僕を気に入っているらしく、声のリズムだけで分かる。ーー浮かれて上機嫌だ。
(畜生……やっぱり今月も
もう一度深い溜息を吐きながら、僕を乗せた車は『雨竜家別邸』へと向かった。
__________
「やぁやぁやぁやぁやぁやぁやぁぁぁぁ〜! 会いたかったよマイブラザー! 愛しの我が弟よ〜!」
「ゔあぁっ……うぜえぇぇぇぇっ……」
「はふぅっ! 今月も手厳しいリアクションをありがとう! お兄ちゃん、か、ん、ど、うーーです!!」
良くも悪くも僕が素を見せるのは、天音と
そして、ここは嵐兄に与えられた別邸であり、『天才』過ぎるゆえに隔離された牢獄だ。
昔から不思議だった事がある。
一説では、I.Q200を超える世界的科学者。
一説では、特殊工作員。
一説では、描いた絵画に一枚数千万の値が付くと言う画家。
一説では、親を持たない恵まれない子供達、主に身寄りの無い兄弟に多額の寄付を行う慈善団体の創始者。
(本当にこの人は、普段何をして、何を考えて生きてるんだろ?)
「天ちゃんは馬鹿だなぁ〜? 何度も言ってるだろう? お兄ちゃんは常日頃、愛する天ちゃんの事を考えて生きている! そして、いつも天ちゃんの側にいる憎っくきクソババァを憎んで生きている! そう、夢の中でさえも! ゆ、め、の、中でさえも!」
「思考を読むのやめてよ……そして何故、二回言った……」
チッチッチ、とわざとらしく舌打ちした後に、嵐兄は言葉を続ける。こうなってからが長いんだ。またいつもの『
当の本人どころか、この人の周囲にさえ迷惑を掛けているのだと知った時には、死にたくなったのが記憶に新しい。
「大切な事だからさ〜! いいかい? 夢って言うのはね『レム睡眠』により、本来熟睡出来て無いと言われているけれど、それは間違いなのさ。お兄ちゃんは気付いたんだよ! 天ちゃんと過ごす夢の世界こそ、一日の時間において、最も幸せを感じている瞬間だってね!」
「はいはい……ありがとうね……」
「はい! だからお兄ちゃん作っちゃいました! 名付けて『天ちゃんの夢を見たい時に、好きな時間見れるマッシーン一号!」
「ーーーーファッ⁉︎」
この瞬間に、毎回僕の背筋は凍る。天才過ぎる嵐兄が『作る』では無くて、『作った』と言う時には、既に事を終え、目的を果たしている『
ーー恐る恐る、問う。
「い、いくらしたの? ねぇ、今回のその馬鹿げた装置に、いくらお金を使ったの……?」
「もう天ちゃんったら、プンプンッだぞぉ! お兄ちゃんが天ちゃんの夢を見る為の発明を作るのに、妥協する筈が無いのだよ〜!」
「や、やめて。やっぱり聞きたくない……」
「なぁに、ほんの『八億』程度の端た金さぁ〜! やっぱりお兄ちゃんってば、て、ん、さ、いーーですよね⁉︎」
ーードゴォッ! ドスンッ! ドスドスッ! ズドオォォォォンッ!!
右拳を脇腹へ捻り込ませ、くの字に折れて下がった無防備な顎へ左肘を打ち下ろす。床へ倒れる兄の身体を右膝で蹴り上げ、同時に肘鉄で挟撃した直後に、髪を掴んで本棚のある位置へ放り投げた。
「て、て、天ちゃんの愛の、ムチ……今、月も、おにい、ちゃん、か、ん、る、いーーですっ!」
そのまま嵐兄は意識を失った。直ぐ様、控えていたかの如く田中さんが治療に現れる。何より恐ろしいのは、やはりこの人も『雨竜家』の一員であり、
ーーこうして、毎月の事ながら天音が側に居ない僕の、長い一日が始まった。
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