第五話 『絵画』
「お前の名前は今日から
「……その価値がご子息におありだと、本当に考えておられるのですか?」
舐められたものだと思った。私という存在を、見も知らぬ子供の為に使えと命ずる男。
別段、私は
少なくとも眼前に座す雨竜家当主、政宗には何の魅力も感じなかった。政界において絶大なる発言力を持ち、古より日本の『裏社会』を仕切る
ーーだが、相対してみれば分かる。
「貴方は一体何に怯えていらっしゃるのですか?」
その一言を告げた途端、ご当主は目を見開いて僅かに微笑んだ。漸く晒された素の表情に私は安堵する。
「そうか……天音は良い目をしているな。確かに我は恐れている。実の息子である天理、あれは正真正銘の化け物だ」
「たかが子供でございましょう? ご気分を害さぬ様に申しあげますが、私共こそ『異能』の力を持った化け物であると自負しております」
「ふむ。確かに『先読み』の能力を持つ我と『強奪』、『時半』の『異能』もつお前は現代において化け物と呼ぶに相応しいかもしれんな。だが、天理は違うのだよ」
「…………?」
私はご当主の仰る意味が理解出来なかった。両肘をついて重苦しい雰囲気を纏いながら語る彼の背中は酷く丸まっている。
「先日、我が父である雨竜家最強の武人、
「ーーーーッ⁉︎」
私がいた異能の力を持つ者達を集めた施設に、何度か宗源様はいらっしゃった事がある。稽古をつけて下さった際に感じたものだ。
ーーこのお方こそ、まさに最強の名を背負うに相応しい、と。
「そんな……不意打ちか、ご病気だったのでは……」
「違うのだよ。父は健在であり、経緯は不明だが、息子に無手の真剣勝負を挑んだのだ。駆けつけた弟子達の言葉が真実であれば、天理は『一本貫手』で喉を刺し貫いたらしい」
その言葉の後、無言で俯く私の腕を引き上げ、当主様は歩き出した。どこへ連れて行くのだろうか。
「これから見る光景をお前がどう感じるか分からん。だが、息子の視覚と聴力を『強奪』して欲しい」
「それは……酷なのでは?」
「息子が普通に生きて行く為に必要なのだよ」
「……分かりました」
道場へ繋がる廊下を歩きながら、私は正直混乱していた。
『強奪』それは相手の五感を奪う力。そして、利用する力だ。
当主様が仰る様に相手がいくら怪物染みた能力を有していようが、所詮子供だろう。先程までの話も正直大袈裟だと考えている自分がいる。
ーーグッチャ、クチャ、ブチブチ、ぺキャ、パキパキッッ!!
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!?」
私は悲鳴すらあげる事が出来なかった。道場の中心、まるで玩具で遊ぶ様に人の骨を折り、皮を剥ぎ、髪をちぎり、頬肉を噛む少年。
首を揺ら揺らと揺らしながら、此方を向いた赤眼。闇夜に煌めくその視線に見つめられたその時、私は膝から崩れ落ちると共に、生まれて初めて失禁したのだ。
自然と涙が溢れた。
堪え切れない想いが心臓を締め付けた。
この時、私は悪魔と契約したのだろう。ーー『憐れな息子の為に、人生を全うせよ』その言葉が何度も脳内を反芻し、何故か頷き続ける自分がいた。
私、「雨竜天音」は天理様の為に生きるのだ。相応しいと思ってしまったのだから。
呆然と右手を翳して天を仰ぐ子供。
血に塗れ、瞳に闇を宿した存在は、その両眼でどんな世界を見て、音を聞いているのだろうと興味が湧いた。
「天理様。貴方の記憶と共に、視力と聴力の一部を貸して頂きます。その代わりに、私はこの命、身体、髪の毛一本まで貴方様の為に捧げると誓いましょう」
「……お姉ちゃんは、僕のモノなの?」
「えぇ、私は貴方様のモノです」
「そっか……ならいいよ。裏切ったら殺すけどいい?」
「ご安心下さい。それはあり得ない事ですから」
ニッコリと笑う少年の頬に手を添えると、誓いのキスを交わした。この記憶も封印してしまうのだから、構わないだろう。
『強奪』の異能を発動する前に、一歩だけ退がるとその光景を目に焼き付けた。
「天理様。貴方は美しい……」
複雑な表情を浮かべているご当主様に一礼し、私は再び涙を滴らせる。これは感謝だ。暗闇に閉ざされた世界に差し込んだ光。
人は美しすぎる絵画を見た時に、思わず涙を流すと聞いた事がある。
「これからの短い人生において、どうぞよしなに」
これは天理様から奪ってしまった、私の宝物の様な記憶。
『化け物』から奪った視力で見る世界の話は、また後日語りましょうね。
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