第四話 『祖父』
ーー僕は、ごく稀に夢を見る。
幼き頃、実父である雨竜
二人きりの時は僕を膝に乗せて頭を撫でながら、いつも美味しいお菓子を食べさせてくれた。
「天理、今日は『ひよこっこ』という菓子を味ごとに揃えて見たぞ? 食べてみぃ!」
満面の笑顔、ニカッと上がった口角を見て僕はつられて笑うんだ。お爺ちゃんの勧めるお菓子は、どれも美味しかったから。
「うん、美味しいよ。お爺ちゃん!」
「そうじゃろう! これで明日も修練を頑張れるのう!」
「……僕、もう痛いのは嫌だよ」
「気持ちは分かる。儂も好き好んで天理を痛め付けてる訳では無いのじゃ」
「じゃ、じゃあやめて? 僕はお爺ちゃんに攻撃なんて出来ないもん!」
満月が見える縁側の淵に座り込みながら、この時、僕は迂闊な一言を放ってしまったんだろう。
「なぁ、天理よ。儂はこの世界で最強の武人であると自負しておる。時代が移り過ぎようとも、戦いの歴史は変わらんのじゃよ」
「…………分からないよ」
「今も世界の要人を暗殺しようと狂人は隙を伺っており、我等が『雨竜家』の人間を拐おうと企む馬鹿どもが蔓延っておる」
その瞳は『闇』を宿していた。先程までの和らげな雰囲気は一変し、針を刺されているような緊張が喉を絞める。
(く、苦しい……けど……)
「ねぇ、お爺ちゃんは本当に最強なの? あんなに遅いのに?」
「ーーーーッ⁉︎」
ずっと疑問だった。何でこんなに無駄な動きをするのか、何でこんなに必死に力を込めているのか。
この時の僕は緊張に促されてしまったのだろう、口が滑ったという他に無い。
「なぁ、天理よ。儂の動きが本当は見えておるのなら、木剣で受けるのは何故じゃ?」
「えっ? そういう訓練なんでしょ? 避けても良かったの?」
お菓子を摘みながら何も考えずに答えた矢先、お爺ちゃんは鬼の様な形相をしていた。周囲の空気が凍る。落ち葉が爆ぜ、抱き締められていた腕に血管が浮かび上がった。
「そうか……儂はこんな小さなか弱き孫に……手加減されておったのか……」
ーーブツンッ!
いつもそうだ。ここで僕の夢は急速に幕を閉じる。
所詮は夢なのだと現実に目を覚ますと、瞼の隙間からは涙が流れているのだ。
「お爺ちゃん、ごめんなさい……」
両腕を顔面に被せると、天音が起こしに来る暫くの間に気持ちの整理をつける。一緒に寝た時は、恥ずかしいからトイレに籠るのだけれど。
こんな日はいつも喪失感が襲う。そして、決まって聞かされるのだ。
「夢の話なんでしょう? 気にし過ぎるのは良く無いわよ」
そんな時、握っている天音の手の温度はいつも冷えていた。
ーー嘘つき。
でも黙っていよう。それを彼女が望んでいるのなら、僕はそれで幸せなのだから。
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