第二話 『守護』

 

 私は雨竜天音うりゅうあまね。よく兄弟の様に間違われるけれど、それは表向きの偽装カモフラージュであり、天理と血は繋がっていない。それどころか、私は雨竜家の血族ですらないのだ。


 当主様以外の誰にも知られてはいないが、年齢も天理とはかけ離れている。本来の年齢は今年の誕生日で三十二歳。

 この事象は私の特異な能力に起因しており、世界が一年時を進めるなら、肉体はその半分しか老化が進まないのだ。


 どうせなら不老であれば良いのにと、何度夜空を見つめながら考えただろう。

 ーーでも、関係ないか。

 私の人生はあの子の為にあり、あの子の為に生き、あの子の為に死ぬのだから。


 その様に運命は定められていると政宗様は仰った。それならば遠くない未来、きっと残酷な現実が降り掛かる。

 ーーせめて、あと少し。

 ーーせめて、もう少し。

 この安らかな時間を続かせて下さい神様。

 天理はとても優しい子。過去の出来事なんて思い出さなければ良い。


 大丈夫、貴方を苦しめるであろう哀しみは、私が受け止めてみせるからね。

 天理は私がいないと、ーーきっと壊れてしまうのだから。


 __________


「天音、どうしたの? 今日は無口だね」

「ううん、何でも無いのよ。もう夜も遅いわ? 天理こそ寝なさいな」

 無駄に広い十五畳以上ある自室には、ポツリとシングルの布団が二つ並んでいるだけだった。家具も少なく、必要最低限の物以外置かれてはいない。

 常人から見れば、年頃の高校生男女の部屋としては違和感を感じるだろうが、盲目の僕には必要性が無かったのだ。音楽なども、聞こえ辛い耳からすれば、不快な思いしかしない。


 同じく天音は昔から静寂を好む女性だった。初めてこの家に連れて来られたのは僕がまだ九歳の頃。

 珍しく父に呼ばれたと思えば、いきなり世間体の為に養子を迎えたと聞かされた時には、幼心でも傷付いたものだ。


 ーーでも、彼女は実の姉以上に優しかった。

(石を投げられている僕を庇ってくれたのは、何歳の頃だったかな……)


「ねぇ、なんで天音はずっと僕の側に居てくれるの?」

 何度目になるか分からない程に問い掛けた疑問。この頃、彼女の人生はまるで僕を守る為にあるかの様に感じていたからだ。


「またその質問? そうねぇ〜、貴方の事を愛しているからよ」

「もう! いつもそうやってはぐらかすんだから!」

「うふふっ……冗談に聞こえる位に何度も言ってたらそりゃ怒るわよね。でも天理こそ、その質問はいい加減に聞き飽きたわ」

 稀に、天音は人生経験が違うと言わんばかりの大人びた口調になる。それが不思議であり、時に安堵する自分がいた。


「今日も僕の部屋で寝るの? 最近回数が増えてないかい?」

「それでいいのよ。一丁前に年頃の男の子の様な台詞を吐く様になっちゃって、悲しいなぁ」

「もうすぐ十七になるんだから、当たり前だろぉ!」

「はいはい。さぁ、そろそろ寝ましょうね〜」

「そうやって、寝る時だけ子供扱いするのやめてくれよ」

 膨れっ面になる僕の頭を撫でると、天音の和らげな体温が自然と伝わる。


 日常的に繰り広げられるこんなやり取りに幸せを感じながら、僕は眠りに就いた。


 __________



「さて諸君、今回の作戦の概要について説明する。目標ターゲットは雨竜天理、雨竜天音の二名だ。この二ヶ月間、観察を続けた結果として目標には護衛がついておらず、一般人に紛れて生活を送っていると判断した」

「ですが大尉、雨竜家の血族に護衛がついていないなど、普通あり得ない事なのでは?」

「私もそう感じたが大丈夫だ。依頼人に確認した所、彼は『欠陥品』として当主から見放されているらしい。その血にどれだけの価値があるか、存外本人ですら気付いてないのかも知れないな」

 そこは雨竜家の屋敷から、数キロ離れた先に停車した偽装車の中。


 監視カメラをハックしながら二人の様子を覗いていたのは、元軍人崩れが集まって組織され、人攫いを主な仕事とした犯罪者集団『ハーメルン』だった。

 慎重に作戦を遂行する為に費やした期間から、決行まであと一刻と迫ったオペレーションの最終確認の最中、予想外の事態に陥る事となる。


 ーーガコンッ!


 唐突にロックした筈のバックドアが開く。偵察に放っていた仲間が帰還したのだと視線が集まった先にいたのは、第二目標である雨竜天音であった。


「「「「ーーーーッ⁉︎」」」」

 ハーメルンのメンバーは一斉に銃をホルダーから抜き去ったが、狭い車内での乱射は味方を巻き込みかねない。

 外へ出る事を優先として数名が動いた直後、ーー少女の右手に握られている頭部を見て、集団グループの電子機器担当である女性が悲鳴を上げた。


「達也⁉︎ あ、あぁ、あぁぁぁ、何でええええええええええええええっ!」

「あら、もしかして恋人さんですか? ちょこまかと屋敷の周りを探っていてうざったかったので、先程殺したんですけど……ごめんなさい。コレ、いらないから返しますよ」

 まるで大きめな球を放る様に捨てられた仲間の頭部を見て、皆が固まってしまった。鼻元に人差し指を立てながら、可愛げな仕草で天音は宣告する。


「あのね。あまり大きな音を出しちゃうと、万が一にも天理が起きちゃうかも知れないでしょう? ゴキブリの様にコソコソと動くその殊勝な心意気は褒めて上げますけどね。さっき悪巧みしてたのが聞こえちゃいましたし、ここら辺で死んで貰いましょうか……」

 ハーメルンのリーダーは驚愕に目を見開き、必死に今の言葉から状況の把握に努めている。


「馬鹿な⁉︎ ここまで何キロあると思ってるのだ! まさか我々の車に盗聴器を仕掛けていたのか⁉︎」

「いえいえ。『あの子』の耳は何キロ先でしょうが、意識すれば聞き分けられるのです」

「……意味が分からないぞ」

「うふふっ。分からなくて良いんですよ。貴方達はどの道ここで死ぬんですから……早く帰らなくては、天理が夜中にトイレに行きたくなった時に困るかも知れませんしね」

 少女の両手に握られているのは、どこの一般家庭にもある唯の包丁だ。その刃を交差させると、『おいで?』、と挑発せんばかりに飛び退いて車外へ出る。


「撃てええええええええええええっ!!」

 ーーヒュンッ!

「グガッァアッ!」

「ブヒュッ!」

 号令と共に指揮官である男の耳元に聞こえたのは、仲間の酷く不雑な声。

 狙いを定めたサイレンサー付きの小銃から放たれた銃弾は空を切り、引き金を引いた瞬間に視界へ映るのは鮮血のみ。


 喉を裂かれ、突かれ、首を折られ、目玉を突かれて次々と絶命する部下を背後から見ていた男は、武器を捨て、降参の意を示した。


「貴方……馬鹿ですね。敵の前で武器を捨てるとか、殺して下さいって言ってる様なものでしょう?」

「ま、待っーー」

 ーーピュンッ!

 落とした銃を拾い上げると、天音はバンザイする男の額へ向けて引き金を引いた。


「良かった。『今日』じゃなかったのね……」

 アスファルトにダラダラと流れる非日常の光景を後にして、天音は屋敷へと歩き始める。影に潜む『雨竜家』の暗部へ視線で合図を送ると、後処理は任せた。


 天理テンリの知らぬ夜の世界。

 天音アマネの知らぬ夢の世界。


 恋い焦がれても知れぬ時間ときの間。『守護者』は今日も役割を果たしていたのだ。


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