雨月夜に紅の花
あやぺん
雨月夜に紅の花
人形壊した人間は--花を受け取る--
聞きたくない不気味な伝承歌。瓦屋根の湿った家で、しゃがれ声を出す祖母から私はいつも逃げていた。
***
艶めいているのに消し炭色の髪、温もりを感じさせない卯の花色の肌。仄暗い部屋でなければ愛くるしい人形も不気味に感じる。折角なので、わざわざ彼岸花で草木染めした布で服を誂あつらえた。その小さな手縫いの浴衣を人形に左前に着せて家をそっと出たのは午前一時。
街灯すらない田舎の道はきちんと湿っている。湿気と濡れた植物の匂いに混ざる土の香り。見上げた空には薄い
「バッカみたい私」
悔し悲しい涙を堪えながらも、私は足を止められなかった。
「最低、最低、最低……」
陰惨な空気に吸われて消えていく言葉は自分へなのか憎き相手へなのか分からない。最も底辺で最低。私と彼のうちどちらが一番底にいるのだろう。頬に流れた涙が、右手で強く握りしめた自作の人形を湿らせた。
***
人生初の彼氏、
「万引きなんてしてないのに……」
嵌められてハメられかけた絵美は恐怖で破裂してしまって自宅に引きこもっている。
「バレちゃってツマンネ。柚も顔の割にはお高くとまってるし、じゃあね」
爽やかな好青年の仮面を被って、教室へ続く渡り廊下を歩いていく将太を地面へ突き落としてしまいたかった。
顔の割には?
確かに目鼻立ちはハッキリしているが、私はクラスの誰がどう見ても「大人しい系グループ」の女子。遊びたいなら同じ舞台の女子に手を出しな!と吠えたくても声が出ない小心者だ。おかげで清らかさは守られたけど危ないところだった。
***
絵美への傍若無人な振る舞いを許せなくて、報復したくて堪らなくて私は考えた。
呪ってみよう。
真面目だ。本気も本気。正確には「罠に嵌はめて勝手に呪われろ作戦」である。人を呪わば穴二つと言うので考えた。怖くて嫌いだった祖母の口ずさむ歌からヒントを得て計画を立てた。
「雨がやんだ月の夜。それに
ジーパンのポケットの中身を出すとチリーンと可憐な音色が響いた。薄気味悪い空気が一気に澄むような気がする。田舎娘と
「よっ!」
待ち合わせの場所に既に将太が来ていた。マメで時間には正確な男。
「会いたかった将ちゃん」
私は猫なで声で抱きついた。よしよしと将太が私の髪を撫でた。「将ちゃんが大好きで仕方ないと気がついたおばかな柚ちゃん」という私の言葉と演技をあっさり信じている。将太は感情で生きてて頭はあまり良くない。こんな男に私がいないと駄目なの、なんて恋に恋した自分が情けなさすぎる。まあ将太が私の呼び出し理由を信じてなくて「最後に食っとくか」というゲスい思考だって構わなかった。「雨月夜の
「本当に俺のこと許してくれるの?」
「将ちゃんが好きすぎて辛いの。浮気は嫌だよ?絶対しないって約束してくれるなら……」
わざわざレースがついたブラトップにV字のカーディガンを羽織ってきた。少し屈めば谷間がドーン!かかってこい!釣られろ!と言いたいところだが、それは私の性格とは真逆なので隠すように右手を左肩に添えて胸を隠した。多分この方が効果があるはず。
「するする。約束する」
案の定、私を抱きしめようとした将太。私はさっと持ってきた人形を差し出して将太に握らせた。
「毎日四六時中一緒に居たいから作ってきたの。貰ってくれるよね?」
小首を傾げて微笑みを投げる。
「はあ?何言ってるの?怖っ!」
将太の両手が人形から勢いよく離れた。やっぱりこんなの良くないと私は落ちそうになった人形を掴むと将太に背を向けた。それから全速力で家に帰った。可愛い人形の髪の部分のフェルトが派手に毛羽立っていた。将太の爪にでも引っかかってしまったのだろう。後悔しかなかった。
***
人形壊した人間は花を受け取る--
***
「サッカー部の井沢君の話聞いた?」
「聞いた聞いた」
「三股してたんでしょ?」
「B組の呉服屋の子もって聞いたよ。だから四だよ。まあカッコいいからね〜」
校門へ向かう途中、チアリーダー部の女子達の噂話が耳に入った。私の他に三人もいたとは全く知らなかった。ここまでくると腹が立つより呆れるしかない。私の呪われろ作戦は失敗してあの夜から一月半も経つ。将太はピンピンして元気そのもの、青春を謳歌しているようだ。
私が作った人形には、悪い事に利用しようとしたお詫びに可愛い浴衣を仕立てた。将太の爪で酷くなった髪の部分にはマーガレット形のボタンを縫いつけた。フェルトで作った小さな人形を祖母も気に入ったのでテレビ台の上にちょこんと飾ってある。明るい所で健全な気持ちで見るととっても可愛い。
憎き将太は懲らしめられなかったが、絵美が徐々に元気を出しているので支える方に心を砕こうと思う。
***
嫌いな雨がやっと止んだ。「ったくハズレくじとか用意するなよ……」と俺は一人で肝試しのルートを歩いた。折角の夏休みの真夜中過ぎ、女がいないのはツマンネ。
「井沢くん」
この声どっかで聞いたなぁと顔を上げると、俺に当てつけるように引きこもりをしている
「何?柚みたいにやり直したい的な?」
こいつら重くて辛気くせーっと思いながら俺は笑ってみせた。二年生の中で密かに人気の美少女二人を手玉にとるのは箔はくが付く。やっぱり、取り敢えずキープ。陰気だけど可愛いしアリでしょ。
「ううん。綺麗な花を持ってきてあげたの。四十九日過ぎたから」
淡々とした声に動かない表情。まるで人形みたいだ。
***
男子高校生、無人のトラクターに引かれて即死。原型がない程潰れた遺体。現場には
現場には翌年から真っ赤な彼岸花が咲き誇り、地元の誰も近寄らなくなった。
***
人形壊した人間は花を受け取る--
祖母の歌は現実になった。私は呪いの代償を払うのかと戦々恐々とした。しかし夏が過ぎて、すすきが揺れる季節がきても平穏無事だった。
絵美は二学期からぽつぽつ登校しはじめ、冬には毎朝私と通学している。
「偶然だよ。そもそもそんな歌だっけ?人形なんてあったかなぁ。何か続きの歌もあったような」
絵美が眉毛を潜めた。
「続き?」
「柚のおばあちゃんに聞いてみなよ。私は何か怖い歌だから忘れちゃうんだよね。柚はよくここまで覚えてるなぁ」
「ふーん。帰ったら聞いてみるよ」
帰宅して祖母とコタツでミカンを頬張りながら久々にあまり聞きたくない歌を頼んでみた。祖母は掠れた声でニコニコ歌った。
人情壊した人間は--花を受け取る--
「あれ、人形は?」
「人形?真夜中過ぎの悪さといえば色事だっぺ。浮気するな、紅をつけられるなって話でなあ。この
ほっほっと目元を下げた祖母は愉快そうだった。おそらく祖母達もこうやって歌を聞かされて育ったのだろう。なんだ拍子抜け。なら将太の死は完全にただの不幸だ。
「"四十九日まで"に謝りゃ許しますって八重子が良く口ずさんでた。」
八重子さんは絵美のおばあちゃん。昔から我が家と絵美の家は仲が良い。どちらの祖母からも嫌という程伝承歌を聞かされた。私は新しいみかんに手を伸ばした。四十九日か。はて、将太が亡くなる四十九日前はいつだっただろう。
「献身的な鈴と子を置いて駆け落ちした旦那は狐に祟られたらしい。
その言葉に背筋がゾワゾワっとして、私はみかんの房をこたつ布団に落とした。
雨月夜に紅の花 あやぺん @crowdear32
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