第40話:言えなかった言葉があるんだ


 日暮家のお墓は離れた場所にあるため、車に乗って連れて行ってもらう。

 静かな森に囲まれた霊園だった。


「親父はここの人間ではなかったけども、生前から死んだ後の墓はこの村が良いって話してたらしくてな。……ここだ」


 比較的新しいお墓に日暮の文字が刻まれている。


「日暮道宏。俺の親父はここに眠っている」

「……うん」


 まだまだこれからって時に、心筋梗塞で亡くなってしまった。

 あまりにも突然の死に誰もが混乱し、苦悩した事だろう。

 それは亡くなった本人ですらも……。

 もっとやりたい事もあったし、家族と同じ時間を過ごしたかったという事は容易に想像できるのだ。

 朝陽達がお花を供えると、彼は手を合わせて、


「親父か。良くも悪くも、俺達はあんまり話さなかった」

「そうなの?」

「思春期になっても父親と喧嘩する事もなかった。コーヒーの淹れ方を教わる時も、言葉ではなく行動で示す人だった」


 だが、人の言葉には重みがあるのだ。

 言われた方が忘れらない程の想いが込められた言葉には――。


「でも、今は思う。俺はもっと親父と話すべきだった。いろんなことを聞きたかった。話したかった。何で俺達はそれをしなかったんだろう」

「後悔してる?」

「多分。きっと、俺はもっと話したかったんだろうな」


 今回の事で彼は自分の父の過去を知った。

 どうして、都会を捨てたのか。

 この小さな村に移住してきたのか。

 生前には聞くことさえしなかった。


「親父が東京にいた頃に、どんな経験をしてきたのかは俺は知らない。都会から逃げ出してきた、そんなの初めて知ったぜ」

「逃げ出したわけじゃないでしょうに」

「逃亡の果てに、母さんと知り合って結婚したんだぞ」

「人生、何があるかは分からないもの」

「……そうだな。だからこそ、面白いんだろうさ」


 言葉は悪いけども、そこには緋色なりの想いが込められている。


「お嬢は知ってるだろ。俺はずっと都会に憧れ続けてた」


 田舎暮らしに飽きて、都会に憧れる子供。

 緋色と言う男の子はずっと、ここから出ることだけを考えていた。


「親父は、そんな俺に何も言わなかった。都会に行きたければ、行け。亡くなるまで、そんな感じだったからな」

「反対してなかったんだ。意外だね」

「どうだろう。自分の目で見て、経験してどうするかを選べって事だったのかもしれないな。親父はそう言う人だった」

「道を強制する人じゃなかった?」

「あぁ。でも、最後の最後に……突然亡くなって、こんな形で俺の人生を変えるとは思わなかっただろうに。それはあの人にとっても想定外だったんだろう」


 突然の自分の死が子供の人生に影響を与えるのは考えていなかった。

 それは多分、不本意な事だったには違いない。

 

「緋色は、今の生活が嫌?」

「慣れてしまえば普通の事だ。これからも続けていくだろうし」

「でも、都会に行きたいって夢も諦めきれない?」

「……そうだな。だが、夢を諦めるには、何もしなかった。足掻くことも、必死になることも何も俺はしなかった。だから、諦めると言うのは違うかもしれない」


 あまりにも突然のことで緋色は自分の人生を見つめ直す時間もなく、選択した。

 この村に暮らし続け、父の店を継ぐと言う選択を……。


「なぁ、お嬢。俺はお前に言えなかった言葉があるんだ」


 それは朝陽自身が悩んでいた事、そのもの。


「俺達は今、付き合ってるつもりだ。だけど、本当にこれからも付き合い続けられるのか。そのことに不安を抱いたことはないか?」

「緋色?」

「……お嬢はいつかこの村からいなくなる存在。いつかは、もうすぐかもしれない。お前と言う存在を失うかもしれない現実が俺は怖いと感じている」


 それは緋色が初めて漏らした本音。


「俺の言葉がお嬢を縛り付けるかもしれない。そう思うと言えなかった」


 朝陽はまだ本当の意味で緋色の想いを知らないでいる。


「お嬢に言いたいことがあるんだ。俺の言葉で、言いたい言葉が……」

 

 静かな森の中で、緋色は朝陽にそう言ったんだ――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る