第41話:嫌いな奴とキスしたいと思うのか
緋色の告白は朝陽に驚きを与えるものだった。
――あんな台詞が緋色から出ることにびっくり。
場所を変えよう、と緋色が提案して朝陽達は奥にある高台にたどり着いた。
高台からは村全体が見渡せる。
「村ってこんな風になってるんだ。あっちが駅前で、あそこの辺りが私の家かな」
こんな風に上から見渡したことがなかった。
数ヵ月間暮らして、知っているつもりでも新鮮だ。
「うわぁ、綺麗な夕日。もしかして、奈保さん達がプロポーズしあった場所?」
「どうだろうな」
「でも、すごく素敵な夕日じゃない」
赤く染まる夕焼けが沈んでいく光景に目を奪われる。
「緋色に輝く私が可愛いと言ってもいいんですよ」
「誰が言うか」
「えー、そこは言おうよ。空気読もうよ」
「絶対に言わねぇ」
「ちぇっ。でも、いいですよー。気持ちは分かってるもん」
そう言いながらも緋色の先ほどの言葉を思い出していた。
「……緋色。私達の関係に不安を感じてたなんて思いもしなかったな」
「どうせ、俺は素直ではない人間だからな。ひねくれ者だ」
「あはは。自分で自覚しているんじゃない」
だけど、そんな緋色も本音で今日は語ってくれる。
「親父の事を調べたいと思ったのは、今の俺達と似た関係だったからだ」
「そう?」
「親父と母さんの恋は、何も進展しなければただの温泉旅館の従業員と旅行客の関係で終わってたはずなんだ。現実はそうならなかった」
「愛の力は偉大です」
奈保の猛烈アタックは実り、結果として彼をこの村にとどまらせた。
「お嬢だってそうだろ」
「え?」
「今はただ、延長し続けてるだけだ。ずっとこの村に住み続けるわけではない。いつかは終わるかもしれない関係。その事に不安を抱くのはおかしいか?」
「……そうだね」
朝陽自身、そういうことを考えたこともなかった。
皆と一緒にいたいからという理由だけで、ここにとどまった。
――これから先の事を何も考えてない、行き当たりばったりの人生です。
緋色の方がよっぽど現実を見て考えてくれていた。
ふたりの今後の事を含めて――。
「お嬢の事を好きだと認めるのが怖かった。始まりがあれば終わりも必ず来る。俺は自分でも思ってる以上にヘタレな一面があるらしい」
「……緋色がヘタレなら私はもっとひどいんですが」
「お前はヘタレクイーンだろ」
「普通にひどいっ。可愛い彼女に何てことを言うんですか」
彼だって臆病になることもある。
それは朝陽の知らない彼の一面だった。
「親父の事を調べて、よく分かったよ」
「何が?」
「あの人はこの村が好きで、自分で選んで来たんだって。都会から離れて暮らして、何もないここが良いって思えたんだろうな」
「緋色は何もないって言うけども、私は結構好きだけどなぁ」
「今回の事で親父がこの村が好きだったって事を知った。コーヒーに合う水が好きだったり、惚れた女がいたり、村の環境が気にいって住み始めたんだ」
温泉があって、豊かな自然があって。
のんびりとした穏やかな時間がこの村にはある。
それは都会にない、魅力だと言ってもいい。
「都会なんて憧れても、それなりに面倒な場所だと私は思うよ」
「知らねぇから憧れるのさ。そして、どんなに文句ばっかり言っていても、俺の居場所もここなんだ。俺もこの村が好きなんだよ」
奈保が言っていた言葉を思い返す。
「居場所か」
「どんなに都会が良い所でも、不便で面倒くさいここが俺の居場所になってる。俺の生まれ故郷で、親父たちが愛した場所だからな」
緋色は「田舎すぎるけどな」と付け足す事を忘れない。
――ホント、素直に好きと言えない人です。
その性格にもずいぶんと慣れた。
「だけど、それは俺個人の問題にすぎない。お前を巻き込めないさ」
「え?」
普段の彼らしくない本音が続く。
「お嬢は都会育ちの良い所のお嬢様で、俺は片田舎の喫茶店のマスターでしかない。そんな立場関係もあるしな……お嬢は、何でお嬢なんだよ」
「何でと言われても」
「せめて、お前が普通の女ならこんなに考える事もなかったんだけどな」
横顔を見せながら、彼は微苦笑する。
お嬢さま。
緋色は朝陽の事をずっと昔からそう呼んでいた。
「……緋色って、私の事をお嬢様扱いするけど、実際はただ少しだけ裕福な家に生まれただけなのですよ? 本物のお嬢様に比べたら、私なんて全然なのに」
「その少しだけでも十分すぎると思うぜ。片田舎でもあんな良い別荘があるんだ」
「そうだけどさぁ」
「つり合いがとれない。自信がない。だから、昔からお前とは距離を置いてたんだけどな。近づきすぎて本気になるのも嫌だったから」
――やばい、今日の緋色は普段と違って本音すぎる。
ギャップに朝陽はびっくりさせられすぎる。
これまでひた隠しにしてきた本心。
――好きな人の一面を発見するのって楽しい。
それを知るたびに彼女はどこか照れくさくなる。
「あの、緋色? 今の発言からすると私のこと、前から好きだったり?」
「……お前は嫌いな奴とキスしたいと思うのか?」
「あ、あぅあぅ」
朝陽は顔を赤くさせるしかできなかった。
緋色にとっての朝陽は好意の対象で、そんな前から好かれてたなんて。
ただの悪戯だと思っていたあのファーストキスの意味さえも――。
「分かりにくい」
「は?」
「ひ、緋色って素直じゃないから気持ちが分かりにくいのっ」
「……自分でも言ってるだろ。捻くれてるんだよ」
彼はポンポンと朝陽の頭を撫でると、
「お嬢みたいに真っ直ぐで、自分に素直な奴なら、こんなに苦労はしてないさ」
「緋色、カッコつけだもん。恥ずかしい事とか嫌いでしょ」
「そうだな」
朝陽の知る彼はいつだって、自分の気持ちを言葉にすることはなくて。
意地悪なことばっかり言って、朝陽を戸惑わせたりする。
でも、それが緋色だ。
朝陽が好きになった男の子なのだから――。
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