第28話:もう大丈夫だと思うよ



 弥子はやがて「そろそろ時間かな」と呟いた。

 

「今日はもうひとり、呼んであるんだ」

「どなた?」

「ごめんね。アサちゃんの知らない人」

「そうなの?」

「ふふふ。こういう機会でもないと二人を合わせられなくて利用させてもらいます」


 こちらに歩いてくる一人の男の人。

 優しげな雰囲気の男性は、沙羅を見るなり目を細める。


「え?」

「――こうして会うのは一年ぶりか。沙羅、久しぶりだな」


 それは、とても愛情のこもった声色で沙羅に語りかける。


「慧斗……どうして?」

「ふふふ。どうしてでしょう」

「み、弥子、これはどういうことなのよ」

「だって、こうでもしないと貴方達が仲直りできないじゃない」


 沙羅は今にもつかみかかりそうな勢いで動揺する。

 意地悪くそう言う弥子は朝陽に彼を紹介してくれる。


「彼は東堂慧斗(とうどう けいと)。私達の同級生で、沙羅の元彼だよ」

「えー、元恋人さん!?」


 紹介された東堂は軽く会釈する。


「大和朝陽さん。弥子さんから話は聞いてる。沙羅がお世話になりました」

「いえいえ」


 どこぞの口の悪いお人と違い、丁寧な物言い。


――優しそうで素敵な男の子じゃないですか、いいなぁ。


 ちらっと隣の緋色を見ると「なんだよ?」と無愛想だ。


――緋色も少しは愛想を身に着けてもらいたいの。


 性格的に無理だろう、と諦める。

 沙羅は足を怪我して以来、閉鎖的になってしまった。

 それ以来、人間関係を断っている。

 その中の一人に恋人も含まれていると聞いていた。


――恋人さんとも不仲のままだったんだなぁ。


 それも朝陽が沙羅の凍り付いた心を溶かしたおかげで進展した。

 今回の機会を活かしたいと弥子が思うのも当然だろう。


「お互いの事を嫌いあってたわけじゃない。厳密に言えば破局でもないし」

「ただ、沙羅が周囲に心を閉ざして仲違いして、ぎくしゃくしたまんまだっただけさ」

「そうだったんだ」

「未練があるのは東堂君も同じでね。前から相談されてたのよ」


 沙羅は事故から数年が経ち、ようやく人前に出てくる気になった。

 その機会を利用して元恋人と再会させようと弥子は企んだのだった。


「その、元気にしてたか?」

「元気というか、相変わらずと言うか」

「見ればわかる、か」

「……うん。慧斗は元気そうで何よりね」


 どことなく、顔を赤らめながら沙羅は東堂と話をする。

 

――彼女もこういう乙女な顔をするんだなぁ。


 ちゃんと女の子をしている。


「慧斗とまたこういう形で会うなんて思わなかった」

「まぁな。それにしても桜、綺麗だな。天気も良くてお花見日和でさ」

「うん、そうだね……前もこんな風にふたりでお花見したっけ」


 遠慮がちで緊張しつつも、お互いに少しずつ和解しようと言う姿勢が見える。

 その光景を遠目に眺めながら、朝陽は緋色に尋ねた。


「お二人は高校時代からのお付き合い?」

「そうそう。東堂の方が一目惚れでな。猛烈アピールの末に口説き落とした。アレを口説きたくなる理由が分からん……いてぇ」

「キミは相変わらずの余計な事を言う」


 背中を叩いた弥子が「ひどいやつ」と吐き捨てた。


「ホントのことだろうに」

「口が悪いのは通常通り。でも、最低」

「放っておけ。まぁ、そんなわけで、あの事故が起きるまでは仲のいい恋人同士だったよ。あれ以来は最悪の関係だったわけだが」

「元恋人さんかぁ。また元鞘に戻れるかな?」

「さぁな。沙羅次第だろ」

「彼の方はどうなのです?」

「東堂の方は未だに沙羅に未練がありすぎて、新しい女も作らずにいたしな。ただ、男と女の関係はすぐに仲良くなれるとは限らん」

「もうっ、そこは素直に応援しようよ」


 何もかも簡単に元通りになるわけではないようで。


「あのなぁ、沙羅が激情に任せて俺たちの関係を壊したんだぞ」

「沙羅ちゃんには沙羅ちゃんの事情もあったじゃん」

「だとしても、だ。お嬢は知らないだろうが、ホントにひどくてな」

「主に緋色君がストレス発散に苛立ちをぶつけられてたもんね」

「ホントだぜ。アイツが引きこもるまでの間、ひどいめにあった」


 思い返すように弥子は「言いたくなる理由は分かる」と少し同情する。

 バラバラになっていく幼馴染の関係。

 それを止められなかった後悔。

 だから、弥子は朝陽の存在にとても感謝しているのだ。


「壊れた人間関係を戻すには時間もかかる。そういうものだ」

「……そっかぁ」


 壊したのは沙羅自身。

 それは仕方のない事情だろう。

 一度は壊れてしまった関係を元通りにするのは難しい。

 

「でも、もう大丈夫だと思うよ。今の沙羅ちゃんは前向きだもの」


 それでも、沙羅も昔と違って前を向いて進みだしてる。


「そうだといいが」

「そうなるように皆で応援しましょう」

「……お嬢がひとりでやってくれ」

「緋色がつれないっ。ホントに素直じゃないなぁ」

「面倒ごとに巻き込まれるのはもうこりごりなんだよ」


 文句を言いながらも、彼なりにサポートをしてくれるであろう。

 東堂と沙羅。

 ふたりの関係もいつかは元に戻れることを信じたい――。


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